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私は魔王に食い殺される村人A……のはずでしたよね?

作者: てんつぶ
掲載日:2025/12/17

 空は青くどこまでも広く、風が麦穂を揺らす。

 少し早いが今日の農作業を終え、私は小さな我が家への道を歩いた。

 裾までの長いスカートは砂汚れが付いているし、爪の中まで土が入っているが農村の娘など皆こんなものだ。

 とはいえ二十二歳にもなって結婚もせず暮らしている私は、村でも変わり者の部類に入るだろう。村娘らしい凡庸な見た目だし、特に結婚に夢をみているわけでもない。

「ま。ごはんも美味しいし問題なし」

 誰にいうでもなく、私は一人ケラケラと笑った。くよくよしてても仕方がない、今を楽しめればそれでよし。そういうメンタルで生きている。

 なにより時は皇歴849年。

 間もなく運命の850年の節目が目の前だ。

 しみったれた気分で過ごすだけでは、時間が惜しすぎるだろう。

 なんの節目かって? それは私――ミシャが復活した魔王によって殺される日だ。

「ミシャ! おかえり!」

 家の扉を開けると、小さな影が胸に飛び込んできた。

「ただいま、ユーリ。いい子にしてた?」

 身長百六十五センチの私より十センチほど低い小さな子供は、名前をユーリという。

 くりくりとした大きな瞳が愛らしく、そしてなにより可愛い。長い黒髪を後ろで結んで、私とお揃いがいいと言ってくれたため同じ青色のリボンをしている。

 思わずデレッと目尻が下がる。

「もう! うちの子はなんて可愛いんだろ!」

「んに~、ミシャ、くすぐったいよお」

 思わずしゃがみこみ、そのもちもちのほっぺたに頬をくっつける。

 ユーリは照れ屋で、こうしたスキンシップを恥ずかしがる傾向がある。ユーリは日本でいえば小学五年生程度だろうか。いくら可愛らしくとも男の子だし、思春期に突入するならおばちゃんにハグされるのも嫌になってくる歳だ。

「ううっ……」

 自分で想像して、勝手にダメージを負う。思わず自分の胸の辺りを押さえた。

 村の外れで一人、呆然と立ちすくんでいたユーリを保護して早五年が経つ。

 記憶もなく、自分の名前も言えないユーリを村でどうするかという話になった際、育てると挙手したのがこの私だ。

 もちろん子育てなどしたことはない。

 しかし子供を育てることはできないが、一緒に暮らすことくらいはできる。

 少なくとも他の家は既に食べ盛りの子供が多くいたし、妻に先立たれ男だけの所帯もあった。そんな家に任せるのは気が引ける。

 というわけで五年前からユーリは、ずっと私とともにこの小さな家で暮らしているのだ。

 無表情でも可愛かったユーリはこの五年で表情も感情も豊かになり、子供とまでは言わないが可愛い弟のように大切な存在になった。

「ユーリにババアって言われたら泣いちゃううう」

「い、言わないよ! ミシャはずっと可愛いよ!」

「ありがとねえ~~! 本当にいい子! 世が世なら養子縁組できたのに私が平民なばかりに……!」

 さめざめと泣いている……風に泣き言を言うと、ユーリが慌ててフォローを入れてくれる。なんて優しいいい子なんだろうか。

「よーしえんぐみ?」

「ミシャさんと本当の親子になれるってこと」

 無論、この世界では貴族や商人にのみ許されていることだ。農民など残すべき家系もない、という考え方らしい。その代わりに、書類などなくとも一緒に暮らせば家族である、という雑な感覚もある。

 そういった意味では既に私とユーリは親子なのだ。

 が。

「ミシャと親子は、いやだよ……」

「ええっ!?」

 拗ねたような表情で、ユーリはぽつりと呟いた。

 なんとなく、勝手に喜んでくれると思っていただけに、再び私へのダメージが大きい。

 思わず床に膝を突く。

「嫌なの……? 私と親子は……そうか……そうなのか……」

 落ち込む私の手を、ユーリは慌てて握る。

 そこで私ははたとあることに気付いた。

「だ、だって、だってね。僕はミシャのこと――」

「でも確かにもうすぐ皇歴850年だもんね。私は死んじゃうし、親子じゃない方がいっか」

「は?」

 びっくりした。

 聞いたことのない低音がユーリの可憐な唇から溢れたのだ。

 見れば目が据わっている。

「説明してなかったっけ――って、ちょっと待って」

 自分の記憶を辿ろうとした瞬間、外から扉を叩く音がした。

 来訪者は決まっている。今日はそのために早く農作業を終わらせて来たのだ。

「丁度良いところに。いらっしゃい、グエダ」

 扉を開けると、まるで貴族のような仕草で帽子を胸にあてた青年・グエダが立っていた。

 薄赤色の短い髪の毛をしている彼は、この辺りをまわってくれる行商の一人だ。

「やあミシャ。久しぶり。ユーリも」

「待ってたわ。わざわざ来てくれてありがとう……ってほら、ユーリも。挨拶して」

 普段村の中では礼儀正しいユーリだが、年に二度ほど顔を出してくれるこのグエダには愛想が悪い。今日もツンとそっぽを向いたまま見ようともしない。

「もう……ごめんねグエダ」

「はは。ユーリは察しがいいからなあ。ミシャに会いにくる俺を敵対視するのもしょうがないさ」

 グエダは気にした様子もなくユーリの元へ近寄ると、その小さな頭をグリグリと撫でる。そして迷惑そうな顔で払いのけられるのもまた、いつものことだ。

 仲が良いのか悪いのか。

 ユーリの見たことのない素直な表情を引き出せているのだと思えば、グエダとの相性も悪い者ではナイだろう。

「それで、今回はどうしたんだいミシャ。急に俺を家に呼ぶなんて。そりゃ俺は嬉しいけど――痛ッ」

 グエダの足元からゴンと音がした。どうやらユーリが脛を蹴ったらしい。

「こらユーリ! グエダに謝りなさい」

「ふええ。グエダ、ごめんねえ?」

「おま……まあいいさ。子供のすることだからな。子供の」

 なぜかまた男二人はバチバチと火花が散るかのようににらみ合っている。

 仲が良い、と思って……いいんだよね?

 私は咳払いを一つして、皆にテーブルへ着席するよう促した。年期の入った丸テーブルは、五人腰掛けると結構狭い。

「さて……実は皆に言っておくことがある。私ミシャは……実は転生者なの」

 満を持しての告白だったが、ユーリはコテンと首を横に傾げる。

「てんせいしゃ?」

 そうか、日本では当たり前にエンタメとして使われてきた言葉は、こちらの世界では聞きなじみのない言葉だ。

「私には前世の記憶があるってこと。そこでは私は普通の会社員で、人並みに働いて恋愛して、死んでミシャとして生まれ変わったの」

「は? 恋愛してた?」

 またユーリが怖い声音を出す。

 しかも気にするところはそこなのか?

 普段は大変キュートなユーリだというのに、今日は時々様子がおかしい。

「ま、恋愛より仕事、仕事より食べ歩きって感じで、美味しい食べ物屋さんの開拓に勤しんでたけどね」

「ならいいよ」

 いいとは?

 育て子の言葉の真意がよく分からない。

「それで? ミシャに前世の記憶があるとして、なんで今日俺のことも呼んでくれたんだい。いや、もちろん秘密を打ち明けてくれたのはうれしいけど……ッ、グゥ……ッ」

 テーブルの下からまたゴンと硬い音がした。

 私は溜息を吐くが話が進まないので気付かないフリをした。

「今年は皇歴849年だからよ。皇歴850年、恐ろしい魔王がある村を襲い復活を遂げる」

「まおう……」

「ちょっと待ってくれミシャ。魔王は500年前に封印されたはずだろう? なんで今更……それにもしそうだとしたら、どうしてミシャがそれを知っているんだい? もし明らかにされてるなら、俺の耳に入らないわけがない」

 商人として国中飛び回るグエダの言葉はもっともだ。

 だが私は、私にしか知り得ない知識がある。

「それが最初の話に繋がるのよ。私には前世の記憶がある。日本――その世界で創られた有名な物語が、今のこの世界と一致している」

 厳密には有名なラノベの世界だ。

 国名、暦、ラノベに出てきた細かな国の風習まで、この世界はぴったり同じだった。

 五年前に国を揺るがしかけた飢饉もまた、ラノベ内では過去の回想として語られていたことで、私は確信したのだ。

「異世界の預言書なのかい?」

「そう思って貰ってもいいわ。とにかく皇歴850年に封印から目覚めた魔王が、このハジメ村を火の海にする。村人たちは皆食い尽くされ、魔王の糧となる」

「……まさか」

 背もたれに体重を預け、グエダは天井を仰いだ。

 すぐに理解を示してほしいとは思っていない。

 自分でも荒唐無稽名話だと思う。

「こんな予言、私が一番外れればいいと思ってる。でももしも本当なら、私はもうすぐ死ぬの」

 ヒュッと息をのむ音がした。

 見なくても分かる。隣に座るユーリのものだ。

 私はあえてそちらに見ることなく、ただグエダに語りかける。

「グエダ、お願いよ。あなたは近い将来、伝説の勇者たちを支援する商人となる。身の安全は保証されてるわ。だからユーリを引き取って貰えないかしら」

 少ないけれど私の財産全てを渡すつもりだ。そう続けるとガタンと大きな音がする。

「いやだ!」

「ユーリ……」

 席から立ち上がったのは、ユーリだった。

 優しくて甘えん坊のユーリにしてみれば、私が死ぬのは辛いことだろう。

 私はきっと、酷いことを言っている。

「ミシャも一緒に逃げようよ!」

「それは無理よ」

 考えなかったわけではない。特にユーリを拾ってからは、守るべき存在ができてからはより生きることを望んだものだ。

「この村の遠くには出て行けない。試したのよ。ラノベの……預言書の強制力なのかは分からないけど、遠くに行こうとすると見えない壁が現われて、そこから一歩も出られない」

 他の村の人たちは気付いていない様子だった。

 そもそも誰も、村の外に出て行く用事がないのだが。

「チッ……結界に気付いてたのか」

 ユーリから小さく舌打ちと、なにか呟いた声だけが聞こえた。

「ユーリ?」 

「ううんなんでもないよ」

 きゅるんと可愛くユーリが首を横に振る。

 さっきよりも落ち着いていたようで安心した。

「ユーリは引き取る。だがミシャ、きみを死なせることはできない。一緒に行こ――ウッ」

「グエダのところに行くくらいなら、一人で生きるし。てか生きれるし」

「おいおい、被ってる猫が剥がれ落ちてきてるぞ?」

「うるさいな間男風情が」

「はっはっは。こんなに近くにいるくせに、嘘で塗り固めた姿を見せてるんだろう? 情けない男なんかにミシャは渡せないな」

 また始まった。放っておくとすぐに言い争いを始めるのだ。

 こちらが真面目な話をしているというのに、またよく分からない言葉の応酬をしている。

「とにかく、私は魔王の手にかかって死ぬ。うちの可愛いユーリをグエダに託したいの。一生のお願いよ」

「ミシャ……」

 漂い始めたしんみりとした空気だったが、ユーリが荒っぽい態度で腕を組み、フンと鼻息を鳴らす。

「駄目だし、嫌。てかミシャは死なないし死なせないから」

「もう……話を聞いてたのユーリ。魔王が――」

「魔王は復活してる。でもこの村は襲わない」

 なぜかすっぱりと言い切るユーリの言葉に、私もグエダも引きつけられた。

「本当はもう少し、ミシャが僕を異性として受け入れてからにしようとしてたのに」

 ユーリは不満そうにそう呟くと、自分の顔の前で右手を軽く揺らした。

 途端にユーリの姿がまるで蜃気楼のように揺れる。

「え……、は?」

 可愛いユーリがいたはずの椅子には、一人の男が座っていた。

 歳は私と変わらないくらいだろうか、もう少し若いかもしれないが背が高く、見るからに鍛えている体つきだ。

 突然現われたイケメンは、もちろん見覚えがない。

 しかし見れば彼の長い黒髪を結んでいるのは、私の頭についているものと同じ、青いリボンだ。

「まさか……ユーリなの?」

「そう。幻影の魔法をかけてたから、ミシャだけ五年間変わらない僕を見てたってこと。てか五年間全然成長しない僕にもっと疑問を持ちなよ」

 今度こそ目を丸くする。

「そういえば確かに……。ずっと可愛いなあって猫かわいがりしてて気付かなかったわ」

「俺から見たユーリは少しずつ成長してたよ。大きくなっても可愛子ぶってるなあっていつも笑って……ッ、だからっ、痛いんだってユーリ! いちいち蹴るんじゃない!」

 蹴られ続けた脛が我慢の限界に達したのか、グエダは椅子から立ち上がってユーリを注意する。

 だがユーリはやはりツンと横を向いて、素知らぬ顔をしている。

 ミシャの知るユーリよりも随分大きく育っているものの、それは確かに愛しい育て子だ。

「本当にユーリなの?」

「そうだよ。ミシャが小さい僕を可愛い可愛いっていうから、成長して嫌いになられたらどうしようって……怖くて僕……」

「いやそんな殊勝なヤツじゃないぞユーリは」

 健気なことを言う大きなユーリの身体を抱きしめると、本当に今までと腕の中にあるサイズ感が全く違う。

 腕が回りきらないほどの大きな身体だ。

 一体どんな魔法を使われていたら、あそこまで小さい子供だと誤認できていたのだろう。

 抱きしめているというよりは、抱きしめられているという方が正しいのかもしれない。

「こんな僕でもいい?」

「もちろんよ。どんなユーリでも大好きだからね」

「嬉しい……じゃあ、僕の城に一緒に行ってくれる? ああ、もう村の周囲に張ってた結界は解いておくから。ミシャが逃げ……コホン、ミシャに危険が及ばないように結界を張ってたんだ」

 ユーリが、それはそれは美しい笑顔を浮かべた。美貌がさらに際立つような、人間離れした神々しさがある。

 しかしあの結界はユーリが張っていたものなのか。

「でも私は魔王に殺される運命だから……」

「ああそれ。ないない。だって僕が魔王だから。世界を滅ぼしてもミシャだけは無事だよ」

「えぁ?」

 口からおかしな声が溢れた。

 可愛いうちの子が、魔王?

 百歩譲ってヒトならざるものだというのなら、ユーリに似合うのは天使か神様ではなかろうか。

「蘇ってすぐ、記憶が混濁している時にこの村で保護されたけど、もしも非人道的な扱いをされてたらきっと村ごと焼いただろうね」

 その言葉で私も、とあることを思い出す。

 そうだ、この世界のもととなったあの作品も、確か最初の村で酷い扱いを受けていたのだ。そのせいで魔王はより一層人間を憎み、村は焼かれた。

 となるとなにか、私がついうっかりユーリ可愛さに可愛がり可愛がりしてしまったせいで、この世界の運命を変えてしまったということなの?

 パクパクと口を開ける私の耳元に、ユーリが囁く。

「これだけ僕に愛を囁いてくれたんだもん。あれが嘘だったなんて言わないよね?」

 よく響く低音が耳朶に流れ込む。

 振り返れば私は年頃の美青年を相手に、毎日可愛いだの大好きだの叫び、ハグや頬スリを繰り返してきたのだ。顔が勝手に赤くなっていく。

「責任取って、結婚してね」

 コテンと首を横にして、あざとい可愛い顔を向けてくる。

 いくら大きくなろうとそれは私の大大大大好きなユーリそのものだ。

「ううううう……」

 唸る私の頬に男の唇が触れる。

「あ、グエダはもう帰っていいよ。魔王は復活しないしミシャは僕が娶る。ハイお疲れ様お元気で~」

 シッシと追い払うような手つきで、ユーリは大変失礼なことを言っている。

「う、ぐ……~~~~この件はユーリ、お前に貸しだからな! 魔王様の力をいつか俺の商いのために使えよッ!」

 グエダはそう言うと、扉を出て行ってしまった。

「グエダ……! 行かないでえ」

 残された私は蜘蛛の巣にかかった蝶の気分だ。

 目の前の男は圧倒的な捕食者である、魔王だ。

 どうあがいてもただのイチ農民の私は逃げられない。

「やだな、僕の腕の中にいるのに他の男の名前を呼ぶの?」

 私を抱きしめる腕に力が込められる。

「逃がさないからね? ずーーーっと一緒にいようね、ミシャ」

 微笑む妖艶な笑顔は、まさに。

「ま、魔王だぁ……」

 それなのにどこか心が躍る自分がいる。

 死ななくて済んだ。この子を一人にしなくて済んだ。

 大切なユーリが自分を好きでいてくれる幸せは、確かに私の中にあるのだ。

 

 そうして一年後、魔王城だという場所であらゆる国の代表を呼び、私とユーリは挙式を済ませるだなんて、この時の私には想像もしていない。


終 



 

 


 


 


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