魔王に転生したけど、勇者とは戦いたくないので魔王城をカフェにしちゃいます!
「うわあああっ!」
トラックのクラクションが耳をつんざく。次の瞬間、視界が真っ白になった。
(ああ、やっちゃったな……)
横断歩道を渡っている途中、スマホに気を取られていた。完全に俺の不注意だ。
三十二年間、平凡に生きてきた柳瀬慎吾の人生は、あっけなく幕を閉じた。
……はずだった。
「魔王様!目をお覚ましになられましたか!」
耳に飛び込んできたのは、聞き覚えのない声。
ゆっくりと目を開けると、そこには巨大な玉座と、俺を取り囲む四人の——人間じゃない何かがいた。
ドラゴンの頭を持つ屈強な戦士。紅い瞳の美形吸血鬼。
骸骨の姿をしたローブの魔法使い。そして、ぷるぷる震える巨大なスライム。
「え……えーと」
困惑する俺に、ドラゴン戦士が膝をついて頭を垂れた。
「お待ちしておりました、新たなる魔王様!私はドラゴン将軍グレイス。
前魔王様が勇者に倒されてより三か月、ようやく新たな魔王が誕生されました!」
「……魔王?俺が?」
「左様でございます!」
吸血鬼が優雅に一礼する。
「吸血鬼伯爵ヴラディミールと申します。以後お見知りおきを」
「リッチ賢者ゼノンです。魔王様の頭脳として尽力いたします」
「スライム王プリンだよ!よろしくね、魔王様!」
最後のスライムだけ、やけに軽いノリだ。
「あの、ちょっと待って」俺は頭を抱えた。
「俺、さっきトラックに轢かれて死んだはずなんだけど……」
「おお、そうでしたか」ゼノンが頷く。
「転生者でいらっしゃいましたか。この世界では、強大な魂を持つ者が異世界から魔王として召喚されることがあります」
「強大な魂って……俺、ただのサラリーマンだったんだけど」
「謙遜を」グレイスが目を輝かせる。
「魔王様の魔力、この城中に満ち溢れております!」
確かに、体の中に何か熱いものが渦巻いている感覚はある。
でも、俺が魔王って……。
「それで」ヴラディミールが扇子で口元を隠しながら言った。
「魔王様。早速ですが、人間界から勇者が派遣されたとの情報が入っております」
「勇者?」
「はい!魔王様を倒すために、選ばれし勇者が魔王城に向かっているとのこと!」グレイスが拳を握りしめる。
「迎撃の準備を整えましょう!罠を仕掛け、魔物の軍団を配置し——」
「ち、ちょっと待った!」
俺は慌てて手を上げた。
「なんで戦わなきゃいけないんだ?」
俺の言葉で四天王が揃って固まった。
「……は?」
「いや、だって戦いたくないし。俺、平和主義だから。
前の会社でも『話し合いで解決しよう』って常に言ってたし」
「しかし魔王様、勇者は魔王様を倒しに来るのですよ?」
ゼノンが冷静に言う。
「じゃあ、倒されないように話し合えばいいじゃん。なんで俺を倒そうとしてるのか聞いて、誤解を解けば問題解決でしょ?」
四天王の間に、気まずい沈黙が流れた。
「あの……魔王様」プリンがおずおずと言う。
「魔王と勇者は、戦う運命なんだよ?何百年も前から、ずっとそうなの」
「運命とか意味わからん。俺は俺の意志で行動する。で、勇者っていつ来るの?」
「このペースであれば三日後には到着するかと」
「よし、じゃあ準備しよう」
「迎撃の準備ですね!」グレイスが目を輝かせた。
「違う違う。おもてなしの準備」
「…………おもてなし?」
「そ。まずはお茶でも飲んで、落ち着いて話そう。な?」
四天王は顔を見合わせた。その表情は皆、困惑に満ちていた。
それから三日間、俺は魔王城の大改造に乗り出した。
「魔王様、これは一体……」
グレイスが呆然と呟く。
かつて薄暗く不気味だった謁見の間は、今や明るく開放的な空間に生まれ変わっていた。
玉座は撤去し、代わりに円卓とふかふかのソファを設置。
壁には絵画を飾り、観葉植物を置いて、カフェ風の内装に仕上げた。
前世でよく通っていた喫茶店を参考にしたんだ。
「いいでしょ?これなら勇者も緊張せずに話せるよ」
「魔王城を……カフェに?前代未聞です…」
ゼノンが眉間に骨の指を当てる。
「お茶菓子も用意したぞ」
俺は厨房から運んできたクッキーの皿を円卓に置いた。
魔王の力で作物を育てる魔法があると知って、小麦や砂糖を生産。
前世での記憶を頼りに焼いてみたら、意外と上手くできた。
「これ、美味しい!」プリンが早速つまみ食いしている。
「魔王様、料理得意だったんだね!」
「独身が長かったからな。自炊は基本よ」
ヴラディミールが苦笑する。
「面白い方ですね」
「面白いって言うな。俺は大真面目だ」
続いて、城に住む魔物たちを集めて講習会を開いた。
「いいか、みんな。勇者が来たら、礼儀正しく出迎えるんだ。
『いらっしゃいませ』って笑顔で言うんだぞ」
ゴブリン、オーク、スケルトン、ゴーストなど、様々な魔物たちが俺の言葉に首を傾げている。
「で、でも魔王様」
小さなゴブリンが手を上げた。
「勇者は僕らの敵なんじゃ……」
「敵って決めつけるのが良くないんだよ。まずは友好的に接してみる。
それでもダメなら、その時考えよう」
「魔王様の仰る通りです」ゼノンが杖を鳴らした。
「無用な争いは避けるべき。知恵こそが最大の武器なのです」
「そうそう、さすがゼノン。話が分かる」
こうして、魔王城は徐々に俺好みの平和な空間へと変わっていった。
三日目の夜、グレイスが神妙な顔で報告に来た。
「魔王様。勇者一行、明日の昼には城に到着する見込みです」
「了解。お茶の準備はOK?」
「……はい。一応」
「よし。じゃあ俺、もう寝るわ。おやすみ」
「ま、魔王様!明日は決戦の日ですよ!?」
「決戦じゃなくてお茶会ね。じゃ」
俺は手を振って寝室に向かった。
後ろから聞こえるグレイスの困惑した声を背に、俺は深い眠りについた。
翌日、昼過ぎ。
魔王城の扉が勢いよく開かれた。
「魔王!覚悟しろ!」
凛とした声が響く。入ってきたのは、金髪碧眼の若い青年だった。
輝く銀の鎧を纏い、聖剣を抜いて構えている。絵に描いたような勇者だ。
「おお、いらっしゃい」
俺は円卓の前に立って、にこやかに手を振った。
「ようこそ魔王城へ。遠いところ、お疲れ様。まずはお茶でもどうぞ」
勇者の動きが止まった。
「……は?」
「お茶。紅茶とコーヒーがあるけど、どっちがいい?あ、クッキーもあるよ」
聖剣を構えたまま、勇者は固まっている。
その後ろには、魔法使いらしき少女と、屈強な戦士が控えていたが、二人とも同じように困惑した顔だ。
「え、あの……」
魔法使いの少女がおずおずと言う。
「ここ、魔王城ですよね?」
「そうだよ」
「魔物は……?罠は……?」
「ああ、全員に『礼儀正しく接するように』って言ってあるから。ほら」
俺が手を叩くと、待機していたゴブリンたちが現れて、丁寧にお辞儀した。
「いらっしゃいませ!」
勇者パーティーの三人は、揃って絶句した。
「あの……」
勇者が剣を下ろして言う。
「俺、勇者のエリオットって言うんだけど……魔王を倒しに来たんだ」
「うん、知ってる。で、なんで俺を倒したいの?」
「なんでって……」
エリオットは言葉に詰まった。
「魔王だから?」
「それだけ?俺、何か悪いことした?」
「いや、確かにまだ何も……」
「だったら倒す必要なくない?ほら、とりあえず座って」
俺は円卓の椅子を引いた。エリオットは困惑しながらも、剣を鞘に収めて座った。同行者の二人もおずおずと着席する。
「はい、紅茶ね。砂糖とミルクはお好みで」
俺が淹れたての紅茶を配ると、三人は顔を見合わせた。
「……飲んで、大丈夫なのか?」戦士が警戒する。
「毒なんて入ってないよ。ほら」
俺が先に一口飲んでみせると、三人はようやく口をつけた。
「……美味しい」
魔法使いの少女が驚いたように言う。
「だろ?茶葉にこだわったんだ。で、改めて。俺が魔王のヴァルディス。よろしくね」
「あ、ああ……」エリオットが戸惑いながら答える。
「勇者のエリオットです。こっちが戦士のダリウス、魔法使いのリナ」
「よろしく。それで、エリオット君。君はなんで俺を倒しに来たの?」
「それは……」エリオットは言葉を選ぶように続けた。
「魔族が人間の村を襲ってるって報告があって。魔王がそれを命じてるんじゃないかって」
「へえ。俺、そんな命令出してないけどな」
「え?」
「だって俺、魔王になってまだ三日だもん。命令を出したのは『お茶会の準備』くらい」
エリオットは目を丸くした。
「三日……?」
「そ。異世界から転生してきて、気づいたら魔王になってた。で、戦うの嫌だからお茶会にしようって思って、今に至る」
「じゃあ、村を襲ってるのは……」
「多分、勝手に動いてる魔族じゃない?ゼノン、いるか?」
俺の呼びかけに、リッチ賢者ゼノンが現れた。
「お呼びですか、魔王様」
「村を襲ってる魔族について、何か知ってる?」
「はい」ゼノンは頷いた。
「調査したところ、過激派の一派が独自に活動しているようです。彼らは前魔王様の方針を継承し、人間との戦争を望んでいます」
「やっぱりか」
俺は溜息をついた。
「組織にはどこにでもいるんだよな、過激派って」
「つまり……」リナが震える声で言う。
「魔王様は、人間を襲うことを命じていない?」
「当たり前じゃん。俺、平和主義だから」
勇者パーティーの三人は、衝撃を受けたような顔で黙り込んだ。
「じゃあ」エリオットがゆっくりと言う。
「その過激派を止めれば、戦争は終わる?」
「そういうこと。話が早くて助かるよ」
「でも、どうやって……」
その時、城の扉が再び開かれた。
「魔王ヴァルディス!出て来い!」
怒りに満ちた声が響く。現れたのは、黒いローブを纏った魔族の男だった。
その後ろには、武装した魔族の戦士たちが控えている。
「おや」
ヴラディミールが呟く。
「噂をすれば。過激派のリーダー、ザガンではありませんか」
「貴様ら!」
ザガンが俺たちを指差す。
「魔王が勇者と茶を飲んでいるだと!?裏切り者め!」
「裏切りって…そもそも俺、戦争する気ないし」
「ふざけるな!我ら魔族は、人間どもに虐げられてきた!復讐するのは当然の権利だ!」
「虐げられてたのは知らないけど、だからって無関係な人を襲っていい理由にはならないでしょ?」
「黙れ!貴様のような腰抜けに、魔王の資格はない!ここで勇者もろとも始末してくれる!」
ザガンが魔法を放とうとした瞬間、エリオットが剣を抜いて前に出た。
「させるか!」
「おっと」
俺も魔法を発動。
ザガンの魔法を無効化する結界を張った。
「エリオット、協力してくれるの?」
「当たり前だろ」エリオットが笑う。
「あんたは良い人だ。放っておけない」
「ありがとう、まあ残念だけど話し合いも無駄みたいだし、さくっと終わらせようか」
ザガンの配下たちが一斉に襲いかかってくる。
「行くぞ!」
ダリウスが斧を振るい、魔族の戦士たちを吹き飛ばす。
「炎よ!」リナの魔法が敵を包む。
「プリン、グレイス、ヴラディミール!」
俺が叫ぶと、四天王が現れた。
「魔王様の敵は、我らの敵!」
グレイスが咆哮し、ドラゴンブレスを放つ。
「まったく、面倒な連中ですね」
ヴラディミールが優雅に指を鳴らすと、配下たちが血の鎖に縛られる。
「魔王様、頑張って!」
プリンが溶解液で敵を足止めする。
あっという間に、ザガンの配下は全滅した。残るはザガン本人のみ。
「くそっ……こうなれば!」
ザガンが禁呪の詠唱を始める。強力だが、暴走の危険がある魔法だ。
「エリオット!」
「分かってる!」
俺は魔力を全開にし、エリオットは聖剣に光を宿す。
二人の力が共鳴し、一つになった。
「これで……終わりだ!」
魔王の魔力と勇者の聖なる力が融合した光が、ザガンを包み込む。
禁呪は霧散し、ザガンはその場に崩れ落ちた。
「ば、馬鹿な……魔王と勇者が……協力するなど……」
「時代は変わるんだよ」俺はザガンに歩み寄った。
「君たちの気持ちも分かる。でも、憎しみの連鎖は何も生まない。これからは、人間と魔族が共存する道を探そう」
「共存……だと……?」
「そう。俺が保証する。もう、君たちを虐げさせない。だから、復讐はやめてくれ」
ザガンの目から、涙がこぼれた。
「魔王様……」
「さ、お茶が冷めちゃうよ。君も飲んでいきなよ」
俺が手を差し伸べると、ザガンは震える手でそれを掴んだ。
それから一ヶ月後。
魔王城の謁見の間——もとい、カフェスペースは、今日も賑わっていた。
「魔王様、おかわりください!」
「はいはい、プリン。君、飲みすぎじゃない?」
円卓には、エリオットとその仲間たち、四天王、そしてザガンも座っている。
みんなで和やかにお茶を楽しんでいた。
「まさか本当に和平が成立するとはな」ダリウスが感慨深げに言う。
「人間と魔族の共同会議も、順調に進んでいます」ゼノンが報告する。
「魔王様とエリオット様の功績は、歴史に刻まれるでしょう」
「大げさだなあ。ただお茶飲んで話しただけじゃん」
「それが一番難しいんですよ」エリオットが笑う。
「でも、あなたのおかげで気づけた。戦う前に、まず相手を知ることの大切さを」
「そうそう。分かってくれて嬉しいよ」
「魔王様」リナが嬉しそうに言う。
「この間、人間の村に魔族が遊びに来たんです。最初はみんな怖がってたけど、すぐに仲良くなって。
子供たちが魔族と一緒に遊んでるの、見てて微笑ましかったです」
「それは良かった」
「魔王様」ザガンが頭を下げる。
「改めて、あの時は申し訳ございませんでした」
「もういいって。君も、仲間のために必死だっただけだろ?これからは一緒に、良い世界を作っていこうよ」
「はい!」
そんな和やかな空気の中、グレイスが窓の外を指差した。
「魔王様、見てください。観光客がまた増えましたよ」
窓の外には、人間と魔族が混じった観光客たちが、魔王城の門をくぐっていく姿が見えた。
魔王城は今や、人間と魔族の友好の象徴として、観光名所になっていたのだ。
「いやー、まさかこんなに人気スポットになるとは思わなかったな」
「魔王様のカフェ、大繁盛ですからね」ヴラディミールが優雅に微笑む。
「そういえばエリオット、今日は何の用?」
「ああ」エリオットは照れくさそうに笑った。
「実は、次の休暇にここに滞在したくて。魔王城の客室、空いてますか?」
「もちろん!いつでもウェルカムだよ。ていうか、もう君の定宿みたいなもんじゃん」
「はは、そうだな」
こうして、魔王と勇者が友人になるという、前代未聞の時代が始まった。
戦いを避け、対話を選んだことで、世界は平和への道を歩み始めた。
「なあ、エリオット」俺は紅茶をすすりながら言った。
「戦わなくて良かっただろ?」
「ああ」エリオットも笑顔で頷く。
「本当に、良かったよ」
窓から差し込む日差しが、円卓を暖かく照らす。
魔王と勇者、人間と魔族。みんなが同じテーブルを囲み、笑い合う。
これが俺の望んだ世界。
争いのない、平和な世界。
「さて」俺は立ち上がった。
「そろそろ新作のケーキを作ろうかな。みんな、楽しみにしててね」
「「「はーい!」」」
元気な返事が、魔王城に響き渡った。
こうして、史上最も平和な魔王の物語は、これからも続いていくのだった。
【完】




