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第九章:はるかなるグランド

センパイはとにかく速かった。

透がゼェゼェ言いながらついていく練習メニューも、

センパイにとっては、ただのウォーミングアップだった。


「お前、フォームは悪くない。肺がついてきてないだけだ」

そう言って、センパイは笑う。

その笑いは、どこか風のように軽かった。


夏、センパイは県大会予選まで進んだ。

記録は残った。

でも、記憶には残らなかった。


誰も注目しなかった。

新聞にも載らなかった。

垂れ幕も、なかった。


引退の日、センパイは校舎の前で立ち止まった。

野球部の垂れ幕が、風に揺れていた。

「目指せ甲子園!」

「君たちが誇りだ!」


センパイは、それを見上げて、笑った。

「野球部はいいよなー」

その声は、透にだけ聞こえるような小ささだった。


透は、何も言えなかった。

ただ、センパイの背中を見ていた。

その背中は、垂れ幕よりもずっと大きく見えた。


結局、透は3年間、センパイの記録には遠く及ばなかった。

タイムは更新できず、県大会の壁は厚かった。

毎年、予選で終わる。

それでも、走った。

誰にも見られなくても、走った。


引退の日、透はグラウンドを一人で走った。

誰もいないトラック。

風だけが、透の背中を押していた。


「センパイ、俺、やっぱり遅かったです」

そう心の中で呟いて、最後の一周を踏みしめた。


令和になっても、テレビでは高校野球がショーアップされている。

ドローン映像、応援団の熱狂、涙のインタビュー。

「この一球に、すべてをかけました」

そんな言葉が、画面の向こうで響く。


透は、ふと、自分の高校時代を思い出す。

誰にも注目されなかった3年間。

垂れ幕も、歓声も、なかった。

でも、あの夕暮れのグラウンド。

センパイの背中。

風の匂い。

それらは、確かに透の中に残っている。


高校の部活って、本来こうやって、

何もないことを思い出すもんじゃないのかな。


そう思いながら、透はテレビを消した。

窓の外には、あの日と同じような夕焼けが広がっていた。



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