第七章:プロモーション
そして、それは、もっと実理的な面でも、ずっと高校の部活動を支配していた。
透の通う高校は、どこにでもあるような弱小校だった。
普段は野球部の存在すら、校内で話題になることはなかった。
グラウンドの隅で、黙々と素振りをする彼らを、透は横目で見ていた。
だが、夏の予選に出場した途端、空気は一変した。
校内放送で試合日程が告知され、職員室には応援旗が並び始める。
OB会が動き出し、保護者会がざわつき、
たちまち「カンパのお願い」が各方面に配られる。
「勝ち進めば、遠征費がかかります」
「ユニフォームの新調が必要です」
「応援バスの手配を検討しています」
そんな文言が、印刷された紙に並ぶ。
部費の配分も、真剣な議論が交わされる。
「今年は野球部に重点的に」
「他の部活は、秋以降に調整を」
透の所属する陸上部は、当然ながら“調整対象”だった。
透は、走る。
グラウンドの外周を、黙って走る。
その脇を、野球部の応援練習が通り過ぎていく。
吹奏楽部が、彼らのために曲を合わせる。
新聞部が、彼らのために記事を書く。
透は、誰のためにも走っていない。
ただ、自分のために走っている。
それは、誰にも見られない走りだった。
けれど、誰にも支配されない走りでもあった。
高校野球は、学校の“顔”だった。
透の走りは、学校の“影”だった。
だが、影には影の速度がある。
誰にも見えない場所で、透は確かに前へ進んでいた。