第六章:逆行
透が高校になると、時代は逆行した。
中学で少しだけ揺らいだスポーツのヒエラルキーは、再び元に戻った。
高校といえば、野球なのである。
それは、令和の今でも変わらない。
グラウンドの中心には、白いユニフォーム。
スタンドには、応援団と吹奏楽。
そして、テレビカメラ。
朝日新聞、NHK——
それらが渾然一体となって、部活動を“物語”に仕立て上げる。
「汗と涙の青春」
「仲間との絆」
「最後の夏」
そうした言葉が、毎年のように繰り返される。
まるで、季節の風物詩のように。
透は、その風景を冷めた目で見ていた。
走ることには、カメラは向けられない。
誰も、長距離走の孤独を“ドラマ”にはしない。
それは、絵にならないからだ。
けれど、透は知っていた。
絵にならない場所にも、物語はある。
誰にも見られない走りの中に、
誰にも語られない誇りがある。
高校野球は、変われない。
それは、プロモーションのための“伝統”だからだ。
けれど、透は変わっていた。
見られることよりも、走ることそのものに意味を見出すようになっていた。
そして、誰もいないグラウンドの外周を、
今日も透は走っていた。
カメラのない場所で、
誰にも支配されないリズムで。