第二章:扇風機と麦茶
扇風機の風が、畳の上をなぞるように回っていた。
テレビの中では、どこかの高校が点を入れたらしく、親戚の誰かが「よしっ」と声を上げた。別の誰かは「いや、○○高校の方が粘り強い」と言って譲らない。今風に言えば“推し”の高校をそれぞれが勝手に決めていて、まるで応援合戦のようだった。
けれど、小学生の透には、その熱狂がいまひとつピンとこなかった。
どちらが勝っても、画面の向こうの出来事でしかない。
ユニフォームの違いも、プレースタイルの差も、まだ理解できなかった。
ただ、球児たちの叫び声と、土煙の舞うグランドだけが、なぜか記憶に残った。
それは、まるで遠い星を眺めているような感覚だった。
近づけないけれど、どこか惹かれてしまう。
そんな“はるかなるグランド”が、透の中に静かに根を張っていった。
普段はプロ野球なんて見向きもしない親戚のおばちゃんたちも、
この時期ばかりは、テレビの前に陣取って球児の一挙手一投足に心を踊らせていた。
「この子、去年も出てたのよ」
「負けたら、もう終わりなんだもんねぇ」
そんな言葉が、麦茶の氷がカランと鳴る音に混じって聞こえてくる。
曰く、負けて去る選手が不憫で、それがまた興味をそそるのだという。
勝者よりも、敗者の背中にこそドラマがある。
帽子を深くかぶり、涙をこらえて整列する姿。
砂を拾ってポケットに入れる仕草。
その一つひとつが、彼女たちの胸を打つのだった。
透は、そんな大人たちの感情の揺れを、少し不思議に思いながら眺めていた。
勝ち負けよりも、ただその場に立ち続けることの意味が、
まだ彼にはわからなかった。
けれど、画面の向こうのグランドには、何かが確かにあった。
それは、言葉にできない熱のようなものだった。