第一章:綾瀬透の記憶より
昭和の夏は、蝉の声とともに始まった。
小学校の頃、八月のお盆といえば、決まりきったように菓子折りを抱えて本家へ向かった。道すがら、アスファルトの照り返しに目を細めながら、祖父母の家の門をくぐる。線香の香りが鼻をくすぐり、仏壇の前で手を合わせると、なぜか背筋が伸びた。
本家では、いつ誰が来てもいいように、炊きたてのご飯と冷やした麦茶が用意されていた。居間のテレビは、いつだってついていた。画面の中では、白球を追う高校球児たちが汗と土にまみれていた。甲子園。夏の風物詩。誰もが特別に思っていたわけではないのに、なぜか目を奪われてしまう。
祖父は黙ってテレビを見ていた。祖母は台所で忙しくしていた。親戚の誰かが「今年は○○高校が強いらしい」と言うと、別の誰かが「いや、去年の○○の方が印象に残ってる」と返す。そんな会話が、扇風機の音に混じって流れていく。
透は、畳に寝転びながら、画面の向こうのグランドを見ていた。
あの白いユニフォーム。あの声援。あの一球にかける執念。
自分には関係のない世界のはずなのに、なぜか胸がざわついた。
今では、そんな風景もすっかり廃れてしまった。
お盆に本家へ行くこともなくなり、テレビの前に集うこともない。
高校野球は、今も続いているのだろうか。
あのグランドは、今も誰かの「はるかなる場所」なのだろうか。
透は、ふとそんなことを思い出す。
昭和の夏の、静かな記憶の中で。