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吟遊詩人の墓





吟遊詩人の墓の上

うつくしい乙女たちが車座になって

楽しいお喋りをかわしている


通りすがりに見とれて

乙女を連れ去ろうとする不心得者もいた

その手は虚しく空をつかみ

乙女たちは軽やかに無邪気にあざ笑う


わたしたちは 吟遊詩人の夢

乙女の一人が言う

彼は死した後も夢を残した

乙女の一人が言う


夢見るのに適した彼の柔らかな魂は

膨大な夢を背負っていけずにそっくりそのまま残していったの

遊びたければあなたがこちらにいらっしゃいな

含み笑いの乙女が誘う



吟遊詩人の葬られた道の端に

やがて幻の国が広がっていった


若者や旅人が夢とロマンの気配に引き込まれ、

盗賊や無法者が欲望の夢に誘い込まれ、

聖職者が悪魔払いに乗り込み、学者が探求すべく向かった

皆、戻ってこなかった


ついには王さまと軍隊すら踏み込んだが音沙汰なくそれっきり

踏み固められた日常と現実に勤しむ人々は、危うきには近づかぬが賢明と遠巻きにし──それのできぬ者は惹き付けられ呼び寄せられ二度と帰らなかった



幻の国からは

天上かくやと思わせる妙なる調べが流れ出ることもあったし

戦慄をもよおす悲鳴が真夜中に響くこともあった

幻の国にふらふらと飲み込まれていく者は引きもきらず

幻の国は広がり続け

やがて現実は生命を吸われるように精彩を欠き乏しくなっていった



一人の幼子が死の床から奇跡的に回復した

そして神に感謝の言葉を捧げる老いた両親に幻の国へ行くと告げた


「天の国から吟遊詩人の夢を持って帰りました

幻の国へ行ったまま帰ってこないお兄さんを連れ帰って来ることが出来るでしょう」


両親は最後の子まで失ってはと引き止めたが幼子は幻の国へ入っていった

幼子は天から持ち帰ってきた夢を伴って幻の国へ入っていった

吟遊詩人が歌にすることもなく詩にすることもなく手離すこともできなかった恐怖の夢と共に

想像の枯渇する夢 夢の終わる夢

幻の国は砕け散った


幼子はそののち兄に疎まれて日々を過ごした

兄が連れ戻されたのは辛い労働と粗末な食事、善人でも悪人でもない灰色の人々がいる質素な村だった


そこには蜜のような悪もなく、

魔物のような心とろかす美女もなく、

莫大な宝とも胸踊る英雄譚とも縁遠く、

彩り鮮やかな人生は望むべくもなかった


幼子は兄の落胆を理解することはできなかった

夢を永久に失ったから

天から持ち帰った吟遊詩人の夢は翼を持たず

幼子の元に留まって夢の終わる夢を見続けた


だが幼子は幸福に人生を送った

夢を見ずとも心が損なわれることはなく

日々から喜びや満足を摘み取っていけた

充足する心は平和であり

幼子は多くを恵まれ人生に感謝して死んだ


吟遊詩人の墓は野辺に埋もれるかに見えたが──

それでも落ち葉が取り払われ花が添え置かれたのは幻の国を惜しみ悼む者の手によるものだったか

乙女たちの教えのさざめきを聞いたものは二度と現れなかった

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