[5]重い想い(5)
「・・・ゴメンナサイ。反省シテマス」
ダイニングの床で正座している妹がなんだか不貞腐れている。反省のセリフが片言だ。流石にタチの悪すぎる嘘に罰を与えたのだが、納得が行ってないらしい。どうやら更なるお説教が必要かもしれない。愚かな妹と違ってイスに腰掛けている僕は、頬杖を突きつつ下手人を見下す。
「いくらなんでも僕が養子とか・・・。オマエは吐いていい嘘と、吐いたらダメな嘘も分からないのか?」
「さっきのは吐いていい嘘だろ?」
「なんでそうなるんだよ」
「だって、ああでも言わなきゃさ・・・。兄ちゃんはアタシを抱いてくれないだろ?」
こいつはなにを言っているのだろうか。そんなところに問題の本質はないというのに。
「どっちにしろ抱かないぞ」
「なんでだよ!」
「たとえ血の繋がりがなくても、オマエは妹だからな」
十五年も兄妹として過ごしてきたのに、今さら男女の仲になんてなれる訳がない。血の繋がりなんて関係ない。僕は妹のことを、妹としてしか見れないのだ。
しかし、そんな考えは妹には届かない。彼女は頬を赤くして、なんだか嬉しそうだ。
「そ、それって・・・。アタシは特別・・・ってことか?」
おい、さっきの僕の嘘を引きずるな。真に受けるな。オマエは特別なんかじゃないぞ。とはいえ、この流れに乗った方が丸く収まりそうだ。妹を言いくるめられそうだ。
しかしまぁ、ある意味では特別なんだろう。僕は妹に手を出すような真似は断じてしない。彼女は謂わば不可侵領域だ。そう考えれば特別といえる。
「ああ、そうだ。オマエは特別だ。僕たちは血が繋がっていて、心の繋がりもある。だから体の繋がりなんて要らないだろ?」
心の繋がりなんて断じてない。そんなモノを感じたことはない。
「いや、それも要る。血も心も体も繋がらないと駄目だ。コンプリートしないと!」
そんな考えはデリートしてやりたいよ。
「なぁ、兄ちゃん。アタシは兄ちゃんのこと、好きなんだよ! 大好きなんだよ! それなのに、なにが駄目なんだ?」
「だから、その好意自体が駄目なんだよ。僕たちは兄妹なんだから」
あと、オマエの目に余る行為も駄目だ。
「人を好きになるのが駄目なのか? 好きになった相手が、たまたま兄ちゃんだっただけだろ? 兄ちゃんのタマタマを好きになっただけだろ? ・・・あ、間違えた。たまたま兄ちゃんを好きになっただけだろ?」
おい。本当に間違えたのか? 本音じゃないのか?
「偶然だろうが必然だろうが、駄目なモノは駄目なんだ。僕のことは諦め───」
「死ぬしかない・・・」
「え?」
「生きて結ばれないんなら、死んで結ばれるしかない・・・」
「え? え?」
おいおいおい、勘弁してくれよ。心中とか、マジでやめてくれよ?
僕が不安になる中、妹はふらりと力なく立ち上がる。なんだか目がヤバい。虚ろな感じで、こちらをジッと見つめている。これがヤンデレなのだろうか。
「兄ちゃん・・・。アタシと一緒に───」
「諦めるな! 『諦めたら、そこで試合終了』って、どっかの先生が言ってただろ? ほら、太っちょの!」
「・・・でも、兄ちゃんはさっき、諦めろって───」
「言ってない! 僕はそんなこと言ってない!」
言い掛けてはいたけど。
「とにかく諦めたら駄目だ! 今の僕がオマエを好きじゃなくても、一年後の僕はオマエを好きになってるかもしれないぞ!」
そんなことは絶対に有り得ないがな。
「そうか・・・。うん、そうだよな! アタシ、諦めないよ! 絶対に兄ちゃんを振り向かせてやるからな!」
無駄な努力、ご苦労さん。しかしまぁ、これで僕は延命できたようだ。さて、妹の様子も元に戻ったし、洗い物でもするか。
「ん? なにしてんだ、兄ちゃん?」
「食器を洗うんだよ」
二人分の小さな丼鉢と箸を重ね、流し台へと運ぶ。そしてスポンジを手に取り、洗剤に手を伸ばそうとしたところで妹が割り込んできた。僕からスポンジを強奪したのだ。
「そんなのいいって。アタシが洗うからさ。兄ちゃんは他のモノを洗ってくれよ」
なんだなんだ? 【家事できますアピール】か? 【料理はできないけど、洗い物ならできるぜ!】ってか?
「他のモノ?」
洗い物は他にない───と思ったが、僕は失念していた。カップ麺の容器を濯がなくてはならないのだ。資源ゴミはなるべく綺麗にしないといけない。食べっぱなしの汚しっぱなしは良くない。妹は中々にしっかりしているようだ。
「そう。アタシの体」
全然しっかりしてなかった。ちゃっかりしていた。というか、いま洗え、と? ここで洗え、と? どういうことなんだ? まぁ、どうせ僕は洗わないんだけど。
「洗濯機で洗えよ」
「おおっ! それ、楽しそうだな!」
やめろ、命に関わるぞ。目を輝かせてる場合か。
「でも、やっぱり兄ちゃんに洗って欲しいな・・・」
こら、頬を赤らめるな。期待も想像もするな。
「オマエの汚い体を僕に洗わせるのか?」
「き、汚い!? それは失礼だろ!」
「はぁ? 汚いから洗うんだろ? 綺麗なら洗う必要なんてないだろ?」
「アタシは未経験だよ! まだ穢れてないよ! 兄ちゃんのために取ってあるんだから!」
そういう意味で言ったんじゃないし、取り置きなんて頼んでないんだけど・・・。っていうか、オマエは精神が穢れてるだろ? 兄である僕に穢されたがってるんだから。
「とにかく、オマエの体を洗ったりしないからな」
「・・・ケチ」
妹は唇を尖らせて、淋しそうな顔を横に向けた。




