[4]重い想い(4)
「なぁ、兄ちゃん。どっか出掛けようぜ」
遅めの朝食を終えるなり、悪魔の誘い。妹と外出するなんて地獄でしかない。しかも連れていくのがブラコン妹となると、相当な地獄になることが目に見えている。そんな苦行を好き好んでするわけがない。
「嫌だよ。僕がインドア派なのは知ってるだろ?」
妹の誘いに乗るつもりはないので嘘でも吐こうかと思ったが、僕の言葉は真実だ。外出すること自体は億劫ではないが、家でのんびりと過ごすのが一番いい。恋人とのデートなら話は別だが。
「もちろん。だからさぁ、屋内で楽しめるトコとか、どう?」
「ゲーセンとか、カラオケか?」
「う~ん・・・。まぁ、そんな感じ」
妹は腕組みをして、なんだか煮え切らない顔。それに言葉も曖昧だ。なにかを企んでいるのかもしれない。警戒した方が良さそうだ。
「残念だったな。僕、ゲームは家庭用専門だ。それにカラオケはしない」
またしても嘘はない。
「それなら大丈夫、大丈夫。ゲームは家庭用だし、カラオケは別にしなくてもいいから」
「は? 外出して、家庭用ゲーム? それなら家に居ればいいだろ?」
それに、家庭用ゲームができる外出先なんて思い当たらない。こいつは一体なにを言っているのだろうか。さっぱり意味が分からない。
───ハッ! ま、まさか・・・。オマエの友達の家に連れていく気か!? でも、なんで!?
「チッ、チッ、チッ。兄ちゃんは甘いなぁ」
妹は右の人差指を立て、ドヤ顔で左右に振った。その姿はやはり腹が立つ。なんだか見下されているように感じるからだ。お馬鹿さんに見下されるのは、とても腹が立つ。
「大画面でゲームしたくないか? 百インチのプロジェクターでしてみたくないか?」
「えっ!? そ、そんなトコあるのか!?」
それはしてみたい!! 家庭用ゲームを大迫力でできるなんて夢のようだぞ!! しかし百インチのプロジェクターなんて、一体どこに?
・・・ああ、なるほど。そういうことか。おそらく妹の友達に金持ちがいるのだろう。その家にプロジェクターがあるに違いない。
「それがあるんだなぁ~。友達に聞いたんだよ」
やはりそうか。百インチのプロジェクターを持ってることを、金持ちの友達から聞いたんだな。
妹は再び腕組みをして、ニンマリと笑っている。僕が食いついたので、やたらと嬉しそうだ。作戦成功を随分と喜んでいるようだ。しかしまぁ、それはいいだろう。大迫力で家庭用ゲームができるのなら、誘いに乗ってやろうじゃないか。
しかし、その友達の家は近いんだろうか。あんまり遠いと困るんだが・・・。ブラコン妹との長旅は怖いんだが・・・。
「それって、どこなんだ?」
「ラブホテル」
「行くわけないだろ!!」
よりによってラブホかよ!! っていうか、オマエは友達から聞いたんだよな? その友達は行ったのか!? まだ中学生だろ!?
「え? ラブホテルなら、イケるだろ? そういう場所だし」
「下ネタやめろ!」
「大丈夫だって。兄ちゃん相手にしか言わないから」
それはそれで大丈夫じゃないんだが・・・。
「ってことで、ラブホ行こ? そんで、一緒にイコ?」
「行かないし、イカないよ!」
「なんだよぉ~。ノリ悪いなぁ~」
ノリで行くような場所じゃないだろ、しかも兄妹で。
すると妹はやれやれといった感じで肩を竦めて、両の掌を上に向ける。
「仕方がないなぁ~。じゃあ、ここでしよっか?」
「するわけないだろ! 僕たちは兄妹なんだぞ!」
「え? 兄妹は一緒にゲームしないのか?」
そっちかよ! ややこしいな!
「ゲームがダメなら、エッチしようか?」
妥協したみたいに言うな。そっちが本命だろうに。
「だからしないよ。僕たちは兄妹───」
「でも、血の繋がりはないだろ?」
「・・・え?」
ど、どういうことだ・・・? 血の繋がりが、ない? こいつはなにを言ってるんだ?
「あれ? も、もしかして・・・。兄ちゃん、聞いてない・・・のか?」
妹の顔が見る見る青ざめていく。つい先程までの明るい表情はどこへやら、どんどんと血の気が引いていく。その様子に、僕の唇は俄に震える。
「な、なな・・・、なにをだよ?」
「えと・・・、その・・・」
妹は顔面蒼白のまま、居心地が悪そうに目を泳がせ、取り乱している。なんだか、ただならぬ様相だ。
「に、兄ちゃんは・・・、えっと・・・、よ、養子なんだよ・・・」
・・・嘘、だろ? そんなことって・・・。
「だからさ、アタシと兄ちゃんに、血の繋がりはないんだ・・・」
「え、いや・・・。そんな馬鹿な・・・」
あまりにも衝撃的な報告を突きつけられ、僕は戸惑うばかり。過去の様々な記憶が脳内を駆け巡り、思考を上手く紡げない。頭の中が一向に整理できない。更には体から力が抜けていく。足が震えて、立っているのもやっとの状態だ。
「ってことで、エッチしようぜ」
・・・ん? こいつ、なんか軽いな。
妹はさっきまでと違い、随分とニコニコ顔だ。更には右の親指を立てている。どうにもおかしい。おいおい、もしかして・・・。
僕は長い深呼吸をしてから項垂れて、ゆっくりと口を開く。
「・・・そうか、僕は養子なのか。オマエと血の繋がりが、ないのか・・・」
「そうそう。だからエッチ───」
「残念だよ! 僕は残念で仕方がないよ! 今までオマエのことを、血を分けた、たった一人の妹だと思ってたのに! 赤の他人だったなんて!」
魂の叫びとでも言おうか。僕は腹の底から声を張り上げた。悲愴感たっぷりの表情で妹の目を見つめて、悲痛な声を発した。
「え? あの・・・」
妹は随分と戸惑っている。僕の渾身の叫びに狼狽えている。
「そうか、そうか・・・。オマエは僕にとって特別じゃなかったんだ! そこら辺にいる女子中学生と代わらなかったんだ! 僕とオマエは特別な絆で結ばれてると思ってたのに!」
「と、特別・・・」
妹はゴクリと喉を鳴らした。
「なんてことだ! 僕たちが赤の他人だったなんて! オマエが・・・、僕の特別じゃないなんて!」
「に、兄ちゃん!」
妹は鬼気迫るような顔。そんな彼女に対し、僕は弱々しく言葉を漏らす。やはり悲愴感たっぷりに。
「・・・なんだ?」
「アタシは特別だよ! 兄ちゃんの特別だよ! 血の繋がった歴とした兄妹───」
「やっぱり嘘だったか」
僕はジト目を妹に向けた。
「っ!? ま、まさか騙したのか!? 卑怯だぞ、兄ちゃん!」
「卑怯なのはオマエだろうが・・・」
まったく。とんでもない欲望のために、とんでもない嘘を吐くなよな。