[3]重い想い(3)
「ふん、ふん、ふふ~ん♪ ふん、ふふ~ん♪」
妹は軽快な鼻歌を垂れ流しながら、僕の朝食を準備し始めた。その直前には、「裸エプロンとか好きか?」と物騒なことを訊かれたので、「あんな格好で料理されたら引く。食欲が萎える」と結界を張った。僕のその返答は二つの真実を含んでいる。妹の裸エプロンなんて見たくもない。しかし血の繋がりがない女子がやってくれれば、【興奮して腰を引く格好になり、食欲どころではない】という状態になる筈だ。
「ほら。できたぞ」
随分と早い調理時間だった。ものの二分といったところか。そうして食卓に置かれたのは、カップ麺。
「・・・僕を馬鹿にしてるのか?」
カップ麺に湯を注ぐだけなら、僕でもできる。こんなモノのために母親お手製の朝食がキャンセルされたのか? しかもカップ麺はまだ完成してない筈だ。今から三分待たないといけない筈だ。
「え? なに? プロが作った商品に文句あんのか?」
「商品に文句はない。オマエに文句があるんだ」
「なんだよ、なんだよ。ちゃんとお湯と愛情を注いでやったのに」
後者は望んでないぞ。勝手に変なモノをトッピングするなよ。・・・ってか、本当に変な物を入れてないだろうな?
「これなら、お袋の冷めた朝メシの方が百倍マシだよ」
「兄ちゃん、それは言い過ぎだろ。こんな簡単に素早く熱々のラーメンが、安い値段で食べられるんだぞ? 製造会社に感謝しろよ。いや、謝れよ」
はぁ・・・、オマエは分かってないな。【それだけの商品の百倍の価値が、お袋の手料理にはある】ってことを僕は言ったんだよ。まぁ、『マシ』って言ったのは、まずかったけど。
「確かに緊急時には助かるけど、僕はカップ麺を日常茶飯事にはしたくないんだよ」
「それはまぁ、アタシもだな」
じゃあ、なんで作った? 今は緊急時なのか?
「だったら、なんか作ってくれよ」
「おやおやおや? そんなにアタシの手料理が食べたいのか?」
妹の顔が異様にニヤついている。なんだか無性に腹が立つ顔をしている。
「いや、やっぱいい。オマエの作ったマズい飯なんて食いたくない」
ここはカップ麺で我慢しよう。緊急時だと考えよう。
「なっ!? どういうことだよ! 食べたことない癖に!」
「そもそも作ったことがないだろ?」
「あるよ! 調理実習で!」
その程度で威張るな。小さな胸を張って、ドヤ顔をするな。調理実習なら僕も経験済みだよ。
「サラダの担当でキャベツを引きちぎったよ! 粉々にな!」
そんな調理行程はないだろ? 普通は千切りだろ? ・・・もしかして、【千切り】を【千切り】と読んだのか? 馬鹿すぎるだろ。
「なんなんだよ! せっかく作ってやったのにさ! 食べないんならアタシが貰うからな!」
作ったもなにも、湯を注いだだけだろうに・・・。なにを恩着せがましいことを・・・。そのとき、僕はおかしなことに気がついた。
「あれ? オマエはもう食べたんじゃないのか?」
もう九時になっている。普段なら、妹はとっくに朝食を済ませている時刻だ。
「はぁ? まだだよ。アタシが兄ちゃんとのファストブレイクを逃すわけないだろ? 一人で先に食うわけないだろ?」
それを言うなら、ブレックファストだ。わざわざ英語を使って間違えるなよ。ファストブレイクは【速攻】だよ。僕と一緒にどこを攻めるつもりなんだ?
ともかく妹の返答によって、僕の疑問は解決した。しかし、別の疑問が生まれる。
「え? でも・・・」
食卓の上にあるカップ麺は一つだけだ。まさか二人で分ける予定ではないだろう。いや、こいつならやりかねないか・・・。
一杯のドリンクに二本のストローを差してカップルで飲んだりするが、それをカップ麺でしようとしているのかもしれない。顔を突き合わせて麺を啜ろうとしているのかもしれない。その行為を【カップル麺】とでも命名しようか。妹はそんな馬鹿な真似をしようとしているのかもしれない。
とはいえ、それでは量が足りないだろう。遅めの朝食ではあるが、カップ麺半分では少ない筈だ。昼までもたない筈だ。なにより、妹の口ぶりから察するに、最初はカップ麺を食べるつもりではなかったらしい。だから【カップル麺】は実現しないだろう。
「オマエはなにを食べる気なんだ?」
「だからこれを───」
「そうじゃなくて。これは僕のために作ったんだろ? じゃあ、オマエはなにを食べようとしてたんだ?」
「昨日のすき焼きの残り」
「それを僕に食わせろよ!」
自分だけ豪勢な朝食にありつこうとするなんて、とんでもない奴だな。オマエは僕のことが好きなんじゃないのか?
「いやいや。兄ちゃんに残り物を食べさせるなんて悪いだろ?」
「・・・なんにも悪くないぞ。カップ麺より、すき焼きの方が百倍いいよ」
オマエはなにを考えてるんだ? 気遣いの仕方を間違えてるぞ。
「だから、そういうこと言うなよな。カップ麺の製造会社に悪いだろ」
なんなんだ? どうしてそんなに製造会社の肩を持つんだ? 宣伝隊長でも担ってるのか? それとも狙ってるのか?
結局カップ麺をもう一つ用意して、残っていたすき焼きは二等分。それぞれがミニ牛丼を作り、カップ麺と一緒に食べた。