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ドア  作者: 佑佳
戦乱編
7/40

二日目 (1/5)

 目が覚めたら、自室のベッドで横たわっているものだと思っていた。

 それまで体感した不可思議なことはすべて夢で、朝起きればいつものようにダラダラと高校へ通い、そこそこに授業に出席し、適当に家へ帰る。そんな日常に戻っているに違いない――そんな、いわゆる『夢オチ』で事が済んでいるのであろうと想像し、信じていた。


 しかしそれこそが夢物語であった。


 スンと鼻呼吸したときの匂いの違いで違和感をおぼえ、ギンと目が冴え眠気が飛ぶ。飛び起き辺りを見渡したところで、意識と記憶がようやく追いついてきた。

「やっぱそんな甘くねーか」

 ここは、米屋の銀次郎から間借りした四畳半。三人はここで夜を明かし、二日目の朝を迎えていた。

 起き抜けの空気は寒々しく、時季は秋であるのにすでに真冬のように感じる。掛け布団にくるまり直して身を縮め、もう少し眠らなければと蘇芳はきつく瞼を閉じた。

 やがて町中が目を覚まし活動を始める頃になると、なかば自動的に朝食が運ばれてきた。昨晩と変わらず『もてなされてしまった』ことに、蘇芳は申し訳なさを抱きはじめ、もともとの険しい表情がよりいっそう険しくなる。

「なんかなぁ。いくらなんでも上げ膳据え膳なのはちょっとなぁ」

「とか言いながら、ご飯にちゃっかり箸入れてるじゃぁん」

「バァカ。せっかく出してくださったメシを無駄にするなんざ、選択肢としてそもそもねーの」

「ではこうするのはどうじゃ」

 浅漬かりのたくあんをボリボリし終えた夜さまが、なんでもないように口を開く。

「今日から『ドア探し』は、儂とくぅでしてこよう。その間ヌシは、銀次郎どのの手伝いをせい」

「え、おやっさんの手伝い?」

「うむ。というより、銀次郎どのの希望を聞いてさしあげればよかろうて。たとえば用心棒なり荷運びなりを担うことで、ひとまず今宵は上げ膳据え膳にならずに済むじゃろ」

「だねぇ。すぅちゃんの昨日の撃退劇のおかげで、一晩は寝床とご飯にありつけたわけだしぃ。だから外回りはくぅたちに任せて、すぅちゃんはお店のお手伝いとかしたげたらいいよ」

「なるほどな。まぁ、それなら誰も邪魔になんねーしな」

 多少の図々しさは残るが、あっけなく『ここに留まり続ける理由』まで出来てしまった。みずからにはない夜さまの柔軟な発想に、蘇芳は『目から鱗が落ちる』を体感する。

「それに、ヌシのその懐の物の持ち主はこの城下の者じゃろうて。銀次郎どのや周辺の行商の者に訊ね廻れば、存外簡単に見つかるやもしれぬでの」

 言われて、いまのいままですっかり忘れていた檜扇のことを思い出した蘇芳。その横で「あっ」と漏らしたくぅと、蒼くした顔を見合わせる。

「す、すぅちゃんまさか、ね、寝相でバキ折ったり、してない……よね?」

「バ、バカ言うなっつーの。いいいくらなんでも、そ、そんなヤベー寝相、してねーよ」

 動揺が隠せないままガチャガチャと箸を置き、小袖着物の腹付近をまさぐる。慎重に取り出してみると、昨日同様破損のない状態であることが確認できた。

「な……なっ! へ、ヘーキヘーキ。うん、ヘーキ」

 ハフゥ、と安堵の三人。ようやく頬を緩めた蘇芳は「そうだよな」と一人思う。

 この時代に来て初めて自分で決めた責務が、持ち主に扇を返すことであった。『ドア』を探しながら檜扇のことを訊きまわる、などという器用なことは、とてもじゃないが出来そうにない。探索に慣れているならまだしも、そもそも蘇芳はまだ『ドア』を潜って間もない身。どちらかに集中したほうが効率もいいだろうと自己分析をした。

「それとな、すぅ」

「ん?」

「ヌシにはこの時代にて、ひとつ気に留めておいてほしいことがある」

 夜さまの声色が突如物々しくなった。檜扇を懐にしまい直す手が止まる。

「ヌシはこの時代にて、ヌシの人生に深く関わる『会遇(カイグウ)』をすることとなる。それをよく覚えておくのじゃ」

「か……かい、ぐう」

 聞き慣れない単語にさっそくつまずく。それに気が付いた夜さまは、「出逢いの意じゃ」と溜め息に混ぜた。

「つまるところ。ヌシがこの時代にて出逢う誰かが、ヌシにとっての重要な人物である……ということじゃ」

「えっと……そのカイグーするだろう人って具体的にはどんな人なんだよ? 例えば大体の歳とか、男か女かとか」

「すまぬが答えられん」

「答えられんて、あのな」

「出逢わばおのずとわかるじゃろうて。ヌシなら必ずな」

 返答の内容は曖昧であるのに、それについての自信は確たるものだとする夜さま。蘇芳は眉間を詰め、口腔内で溜め息を噛み殺す。

「もしかしたら、もう既に会うておるやもしれんがの」

 ボソリ呟く夜さまの小さな頭部へ「えっ」と向けるも、しかし返ってきたのは高圧的な薄紫色の視線。

「よいか。このことは暫し固く心に留め置くのじゃ」

「わ、わーったよ……」

「決して忘れるでないぞ」

 凄む夜さまの視線から逃れたくて、そそくさと懐に檜扇をしまい直し、目の前の薄味の汁ものを啜る。その音に消えるような小さな声量で、左隣に座しているくぅは「いいなぁ、すぅちゃん」と独りごち、柔く笑んでいた。



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