一日目 (3/3)
「いやぁ、まさに武勇! さながらどこぞの風雲児かと思うたわ!」
悪事を働いた盗人を呆気なく捕らえた一幕によって、蘇芳は米屋の主人である銀次郎に大層気に入られた。盗人はその後、数名の町人によって然るべき場所へ移送させられていった。
「このところ、城下でもあまり良くないことが頻発しとる。時世がよくないのか人の心に魔がさすのかはわからぬが、とにかく町中が不安に感じることが増えとってなぁ」
米屋の店内を通り抜け、銀次郎の自宅らしき屋敷へと促される。蘇芳はあとから追い付いたくぅと夜さまを「連れです」と滑り込みで紹介し、共に上がることを許可された。
「そちが一喝し、ああも華麗に捕縛してくれたこと。町のいち住人として、そしていち商人としても、多大なる感謝の意を評したい。ありがとう」
「あぁ、いやぁ。別に俺は……」
言い淀む蘇芳を見て、銀次郎は謙遜していると受け取ったらしく、ダッハッハと豪快に笑い飛ばした。
「して、そちらは旅の者だと申しておったが、今宵の宿は決まっておるのか?」
「えっと、そ――」
「それがぁ、まだ決まってないんですぅ! 『兄』ったら、そういうことに関してはぁ、なんだか要領が悪くってぇ」
ヘラヘラとそうして横から割って入ったくぅを、蘇芳は鼻筋に縦皺を何本も刻んで睨みつけた。「兄だァ?」と「要領悪ィってなんだよ?」の不快感をギリギリとした視線で刺すように訴える。
そんなこととはいざしらず、銀次郎は引き続き人当たりのよいにこやかな表情で「それは好都合!」と蘇芳の肩に手を置いた。
「幼い妹御と猫が供とあらば、それなりに苦労も多かろう。ひとまず今宵はここの部屋を使うことにして、ゆるりとしていくといい」
「いやけど、ワリーっスよ。俺らだって、銀次郎さんからしたらどこの誰かもわかんねぇ『流れモン』なのに」
「何を申すか、そちは恩人ぞ。斯様な遠慮は無用」
すっかり困ってしまった蘇芳は、助け舟を要求するため、くぅの影に隠れていた夜さまを一瞥する。薄いアメジスト様の双眸がパタリと一度閉じられ、すぐにそれが「甘えさせてもらおう」という意味の首肯であることを察した。
「じゃあ……ひとまず今夜だけ、お言葉に甘えて床をお借りします」
「うむ、よいよい。じきに夕餉を用意しような」
「ホント、何から何までありがとうございます」
「ありがとーございまぁっす!」
銀次郎が店先へ戻るため退室するやいなや、蘇芳は外面を引き下げ改めてくぅを酷く睨んだ。
「おいコラ、くぅ」
「なあに?」
「なんだよさっきの『兄』だの『要領悪ィ』だのって。兄妹どうこうはまだしも、俺の要領だのやり方だのを知り合ってまだ数時間しか経ってねー奴に言われたかねーんだよ」
「やだなぁ、すぅちゃん。あれはぁ、体のいいウソってやつだよぉ」
「は? ウソ?」
「そ。『ドア』探しをする上で迷惑にならないようにするための設定ってやつ」
「然様。内々の決めごとがあらば、たとえば別の時代に飛んだときに離れ離れになろうとも、擦り合わせが簡単じゃろて」
「そーそー。だからこれから表向きにはぁ、『くぅとすぅちゃんは歳の離れた兄妹で、猫を連れて全国各地津々浦々を旅している』ってこと。ね? いい感じでしょ!」
「まぁ確かに、イチから説明してまわる必要もねーしな。うーん、まぁしゃあねぇ。『ドア』の旅が終わるまでは、ひとまずそういうことにしとくか」
「そんなことよりぃ!」
蘇芳に『要領だのやり方だの』を突っ込み直される前にと、くぅは被せるように話題転換を謀る。
「すぅちゃんってさぁ、ブトー派でチョー強いんだねェ! くぅ、びっくりしちゃったよぅ!」
「あん? あぁ、まぁな」
四畳半の下手側に、蘇芳はどっかと腰を下ろす。頬を染め黄色い声をあげるくぅに、蘇芳は無意識的に気をよくしていた。
「中学ンときちょっといろいろあって、そーいうのに慣れちまった的な? だから嫌でも体に動きが染み付いてんだよなぁ」
「ふうーん。ブユーデンとか、たっくさんあるんだ?」
「んなもんねぇよ。最近は巻き込まれることもなくなったし。だからさっきのあれでも鈍ってた方。すっかり大人しくなったんでございますわよ」
軽い相槌をうちながら、くぅは夜さまを膝に乗せて蘇芳の対面に座した。
「すぅは、先のような悪人を許せなんだわけじゃな」
「まぁ、そうだな。なんか俺さァ、昔からズルイの嫌いなんだよ。無性に腹が立つっつーか」
「ふぅーん、そーなんだ。エライエライ!」
「くぅお前、ちょっとバカにしてんだろ」
「ええー? そんなことないよう。ただ褒めただけだもぉん!」
◆ ◆ ◆
誰かを、ずっと前から捜している気がする。
眠りに落ちる前にいつもふと思い浮かべる誰かを、ずっと。
ガチャリ――鍵の開く音がした。
◆ ◆ ◆