一日目 (2/3)
間もなく三人は、三手に別れて『ドア』の探索を始めた。蘇芳は歩き回っているうちに、ここが小さな城下町であることに気が付いた。
遠くに見えた城壁はさほど高くはない。周囲に堀があるわけでもなく、いわゆる時代劇で目にするような『城』との印象乖離があった。
「なぁんか、ただの金持ちの古い日本家屋みてぇだな。だだっ広い土地に建ってるだけっつーか」
もしもあの敷地内に『ドア』があるとしたら、そのとき俺たちはどうしなければならないのだろう――きゅんと眉間を詰め思案するも、しかし答えは見つからない。「夜さまに報告しとくか」と蘇芳は記憶の片隅に城があることを押しやった。
「よぉ、くぅ」
「あっ、すぅちゃん」
蘇芳の体感時間にしておよそ一時間が経った頃。三人で取り決めた集合場所――初めに『ドア』から出た小路には、既にくぅがしゃがみこんでいた。
「見つかったかよ?」
「ずぇんずぇんだめぇー。くぅ、もー疲れたぁ。お腹も空いたぁ」
「早っ。なんだよ、さっきまで楽勝とかって息巻いてたクセに」
「だってぇ。すぅちゃんじゃ通れないような細ぉーい道とか、いっぱいいーっぱい潜ったり乗り越えたりしてきたんだよぉ?! チョー体力消耗しましたぁ。なのに、どっこにもないんだもぉん。あーあ、なんか甘いの食べたぁい。すぅちゃん奢って」
「バカ、カネなんて持ってねーよ。夜さまに頼め」
「ちぇーだ。身なりだけじゃなくてホントにビンボくさいんじゃん」
「ルセェ。逆にいままではどうしてきたんだよ?」
「んー、なんとかおカネ稼ぐとか?」
「なんでハテナだよ」
「ていうかね? すぅちゃんの袖口にぃ、もしかしたらおカネちょびっと入ってると思うの。くぅのとこに無いから」
すっとんきょうなことを言い出すくぅに、目を白黒させる蘇芳。半信半疑に小袖着物の袖口をまさぐれば、見覚えのない小さな布製の薄汚れた袋があった。
「な、なんでこんなもんが……べっ、盗っ、俺は盗んでねーかんな?!」
「ほらぁ、それそれぇ!」
「あん?」
「おカネだよ。お、カ、ネっ」
バチンと飛んでくるくぅのウィンクがやけに熟れていて、蘇芳は「調子が狂うな」と目を逸らした。
「まさか、俺のもともとの所持金も時代飛んだことで『見合ったやつに変わった』……とか? 身なりと一緒で!」
「んー、そうかもぉ。けどよくわかんないからぁ、どうしても気になるなら夜さまに訊いて」
「んじゃ尚更無駄遣い出来ねーじゃん! うわー、マジかよ。こんなとこご丁寧にシビアにしてくれんなよなぁ」
かすかにチャリチャリと鳴る金属音は、決して多いとはいえない金額を思わせる。フハァと重く溜め息を吐き、すると夜さまがそこへ静かに戻ってきた。
「あ、夜さまぁ!」
「なんじゃ、二人とももう戻っとったか」
「まーな。で? そっちはどうだったんだよ?」
「ということは、二人も見つけられなんだということじゃな?」
「なんだ、夜さまも空振りか。じゃあさっきの超能力、なぁんもアテになんねーじゃん」
「あれはおおよその位置把握のみゆえ、大した効果なぞ端から期待しとらん。じゃて足で各々探し回らざるを得ぬわけじゃ」
夜さまの説明に、やれやれと眼球をひと回しする蘇芳。茶色い洋風の一枚板を探すだけでまさか初めからこんなに苦労をするとは、と蘇芳の気は遠くなるばかりだった。
「なぁ、いまくぅから聞いたんだけど、これって俺のカネなの?」
小袖から出てきた布製の小袋を夜さまへつき出す。一見した夜さまは、まるで当然のように返答した。
「儂のじゃ」
「へ?」
「ええっ、そうだったのぉ?」
「じゃあ俺の本来の持ち物は? 鞄とかケータイとかっ」
「ヌシの身に埋めてあるゆえ、そう心配するでない」
「身に、埋め……え?」
「その現金は、儂からのせめてもの駄賃じゃ。まぁ、この時代での必要経費とでも思うておけばよい」
「必要、経費……」
「じゃあじゃあ、夜さまぁ。くぅね、お腹空いたのぉ! そこの甘味屋さんでなんか食べてもいーい?」
「あぁ、構わぬ。……そうか、くぅは『今日』になってからなにも口にしとらなんだな」
「わあーい、じゃあすぐ食べに行こー!」
話筋から、二人は蘇芳を連れ去る前からなにも口にしていないということになる。あのときは夕方になりかけていた。つまりくぅは、ほぼ丸一日空腹を我慢していた可能性が高い。さっきまで愚痴をこぼしていたくぅを、今更ながら不憫に思った。
「ほらぁ、すぅちゃんっ、日が暮れちゃうよう。行こ行こ!」
「あ、おうっ」
小路を抜け、数十歩行った先の交差路付近にある茶屋へ立ち寄った三人。店先に長椅子のような腰掛けがいくつか並んでおり、そのうちのひとつに蘇芳とくぅが並び座る。夜さまは二人の足元でひっそりと丸くなった。
すぐに団子や雑炊のようなものを出してもらい、行儀よく手を合わせる蘇芳。くぅは雑炊を少量掬いあげ、きっちり冷まし、その小さな掌に乗せ、地で丸くなる夜さまへ差し出していた。
「そーいや、夜はどうすんだ?」
「普段はお宿か野宿だよ。多分今日はお宿になるかもォ。くぅ、さっきみつけてきたし、空いてるかとか訊いてきた」
「へぇ、かなり手慣れてんなぁ」
「ふっふぅーん。くぅはぁ、ただ夜さまに着いてきてるだけじゃあないからねぇ」
夜さまが完食した掌を丁寧に拭き取りながら、くぅは自慢気に笑む。
「くぅもね、すぅちゃんと一緒で、夜さまのお手伝いしてるの」
「へぇ」
「けどすぅちゃんと違って、くぅは自分で着いてきたんだぁ」
「自分で?」
問い返すも、くぅの箸使いに目を奪われて尻すぼみになってしまう。肉付きのいい小さな手で、店から出された簡素な箸を綺麗に持っている。見た目年齢との隔たりに、蘇芳はちぐはぐさを募らせた。
「盗っ人だーっ! 誰か捕まえてくれェー!」
不意に、三人の前方から叫び声が上がる。斜向かいの米屋からタッと駆け出してきた人影に、蘇芳は目を凝らした。
「わあー。物騒だね、すぅち――」
くぅが右隣に話しかけ見上げるも、しかしいつの間にか蘇芳はそこから姿を消していた。
「す、すぅちゃん?!」
驚き、辺りを見渡すくぅ。渦中の米屋の前から「わあっ」と歓声があがり、手にしていた雑炊茶碗を横へ置いた。
前方は砂埃が舞っており、状況把握がままならない。間近で見てこようと長椅子からポンと降りたくぅだが、夜さまの方がわずかに早かった。「そこに居れ」と残し、先へ駆けて行ってしまう。
「イデデデデ! 放せよ、ちくしょう!」
「黙れ。盗む方が明らかワリー」
砂埃が風に散り、やがて落ち着くと、うつ伏せに倒された痩せた年配男の上に、蘇芳がどっかりとのしかかっていた。捻り上げられた右腕は、痩せた年配男自身の後頭部にいまにも届きそうである。
「痛いって! 悪かったよ降参降参っ。もう、離してくれぇ!」
苦しそうにもがいているのが蘇芳ではなかったことに、夜さまは野次馬の外側から静かに肩を下げ安堵した。
「米屋のオヤジ、コイツで合ってる?」
「ああ、間違いねぇっ!」
たっぷりとした体格の米屋の主人は、地面に突っ伏す年配男に睨みかかる。
「ったく、夕暮れだからってワシの目ェ眩ませると思うなよ!」
「ぐっ、わ、悪かった。悪かったよォ……」
「で、どうするんだコイツ。警察――じゃねぇや、何だ、役所? トノサマ? なんかそーいうお偉いさんとこに突き出すか?」
年配男の両手首を捕まえたまま、蘇芳は彼をゆっくりと立たせてやる。
「いんや、とりあえずこっちで話聞かしてもらう。捕まえてくれた兄さん、ワリィけどそのまま押さえててくんな。まァた逃げられちまう」
「あいよ。なぁ誰かロープ……じゃなくて紐! 紐あったらそれで縛った方がいい」
「そうだな、こっちにあるから見てくんな」
「ウス」
そうして蘇芳は、年配男を捻り上げたまま米屋の主人に着いて行ってしまった。
始終を見ていた夜さまは尻尾を翻し、くぅの元へと音もなく戻る。
「夜さま、どうだったのォ?」
「すぅめ、いとも簡単に盗っ人を捕縛しよった」
「へぇ! すぅちゃん強いんだぁ?」
「まぁ、想定内じゃったな」
再度くぅは長椅子をポンと降り、夜さまへニィと笑みを向けた。
「夜さま、くぅたちも行く?」
薄いアメジストのような双眸をぐるりと回し考えたところで、夜さまは「そうするかの」と瞼を伏せた。