懺悔の根幹
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わたしが■な■と幼馴染なのは、お互いの母も幼馴染だから。
そもそも■な■のお母さんは、長年わたしの母さまのお世話係をしてくれていた。それはわたしたちが産まれる前からのことで、だから■な■はしょっちゅうわたしと遊んでくれた。
七歳になった頃、■な■はわたしの家の書庫で遊びたがるようになった。もちろん、■な■が書庫の本を片っ端から読み漁ることが目的。
「ねぇ、どうしてそんなに勉強ばっかりしてるの?」
首を傾げ、本に向いたままの■な■の顔を覗くと、■な■は弾むような声で返してきた。
「『人生何があるかわかんない』ってのが、ウチのじいちゃんの口癖だから。『とにかく知識は詰めとけ』なんだってさ」
「知識を詰める、ねぇ」
ふぅん、とつまらなさそうに相槌を返したものの、やっぱり■な■はわたしを見ようともしない。その後頭部を穴が空くほど見つめるけれど、■な■はページを静かに捲るばかり。
「ねぇ、何の本読んでるの?」
「え? あー、これはぁ……『井、戸、を、掘る、ぎ、じゅつ、に、ついての、本』だって」
拙くも文字を懸命に読み、言葉にする■な■。しかし間もなく読書に戻ってしまう。読ませまいと話しかけ続けるわたし。
「井戸なんて、今の時代に必要なくない?」
「海外には水路がちゃんと整備されてない国もまだまだあるんだーって、じいちゃんが言ってた。そういう人たちの手助けのために、水が出る場所を探して穴を掘って、普段使える水を確保するんだってさぁ」
これにも書いてあった、と■な■はようやく本から顔を上げた。その瞬間、ばくんと胸が打ち鳴る。
■な■の瞳に、わたしが映っている。たったそれだけで、気持ちがぐんと高揚する。
ドキドキする。手が汗ばむ。頬が赤らむ。自然な笑顔を忘れてしまう――。
「■■も一緒に読もう?」
眩い笑顔に乗った問いかけは、無条件にわたしを首肯させる魔法だった。
魔法――そうだ、思い出した。
わたしは、いにしえより魔力を持って生まれてくる血族の末裔だ。
微力な魔力を携えて生まれる一族は、実は未だ世界中に多く残っている。しかし、その中でも魔術として魔力を正当に扱える者は、我が一族しか残っていないらしいと幼い頃から教え込まれていた。
わたしは九歳の誕生日に、母さまから魔法のほとんどを引き継いだ。代々密やかに受け継がれていた儀式に則って、厳かに、そして神聖なままに。とても綺麗な満月の夜のことだった。
継承の儀は無事に終わった。以来、わたしの両目は魔法の色に染まった。
「――■■の目、色が変わったね?」
儀式の翌日、■な■はわたしと顔を合わすなり呆けたようにそう言った。
「魔法継いだら、変わっちゃったの。変、かなぁ」
「まさか!」
自信を持てずにモジモジするわたしを見てか、■な■はブンブンと首を振って前のめりに肯定を始めた。
「むしろいいなーって思ったんだよ。だって■■のお母さんも綺麗な色してるだろ? 羨ましいくらいだよ。特別でさ。すんごいカッコいいじゃん?」
「とくべつ……カッコいい?」
「うんっ。■■の目、本当の宝石みたいだ」
そうして■な■があの眩い笑顔で肯定してくれたから、わたしは魔術をきちんと学ばなくちゃいけないと思った。
学んだ魔術を扱えるのは、もうわたししか残っていない――そのことがわたしの尊厳として、プライドとして、自己の確立の一助として強固に根づいた瞬間だった。
魔法は代々この家の女の人が継ぐのよ、と母さまは言った。
とても繊細で気配りが必要だから女性が継ぐしきたりだ、と父さまは言った。
本来、一二歳の誕生日に執り行うはずの継承の儀。それを三年早めたのは、母さまのお身体の具合が悪化の一途を辿っていたから。だから■な■のお母さんが長年、母さまのお世話係を勤めてくれていた。
もともと身体と魔法の相性が良くなかった母さまは、わたしが七歳になる前から「一日も早く魔力のほとんどを体外へ出し切らなければならない」と言われていたらしい。「もう限界だ」と医師の判断が下ったのが、わたしが八歳一〇か月のとき。
継承するだけで母さまが救われるのなら、わたし自身はどうなってもいいと思った。ゆくゆく母さまからゆっくり魔術を学べたらいいな、と楽しい未来を思い描いていた。
結局わたしは、母さまのような不調は一度も起きずに済んだ。だから「とっとと魔術を学びきり、さっさと一人前の魔術師として魔力を正しく扱えるようになれ」と父さまから厳しく管理され始めた。
話が違うと思ったけれど、誰も母さまから魔術を学べるなどと言っていなかったことを思い出した。しかも、魔力が抜けても母さまは一向に体調が良くならなかった。
「あのね、■な■。さっき、母さまの容体が思わしくないって言われたの」
顔を俯けたわたしは、消えるような声で告げた。■な■は同じように「そうか」とようやく絞り出した。
「それって母さまが、死んじゃうってこと、でしょう?」
ゆらゆらと声が震えたのは、涙が頬を伝っていたから。■な■はそっと顔を上げて、不安そうなまなざしを向けていた。
「もうわかんない。母さまがいなくなったら、わたし……」
涙が止まらない。こんな顔を見られたくはないのに、■な■から目を離せない。
「■■」
包むように、そっと抱き締められた。初めてのことだった。
■な■とわたしの背丈はほぼ同じ、体格も大して変わらない。なのに、どうしてこんなにも■な■から大人な匂いがするのだろう。
「ぼくで力になれることはなんでもする。だから、一緒に乗り越えよう」
とても独りで立っていられそうになくて、わたしは■な■の背に恐る恐る腕をまわしていった。
「ぼくはいつだって■■の傍に居るよ。苦しいときも、悲しいときも、絶対に■■の傍に居る」
返事をする代わりに鼻を啜ってしまった。■な■が強くわたしを抱きしめると、たまらずその肩へ顔を埋めて、肩口にたくさん涙が吸われていった。
その合間に力なく「うん」とひとつ頷いたときには、■な■も少しだけ泣いているようだった。
その後はまるで暗雲が立ち込めるようだった。
わたしが一〇歳になる頃に、母さまは寝たきりになっていた。
そしてわたしが一一歳の春先に、母さまは静かにこの世を去ったの。
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