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ドア  作者: 佑佳
そしてドアは開かれた
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狭間 1 (3/3)

「はあっ?! 演技ィ?!」

 夜さまが倒れていた理由――それは、ただ蘇芳を捕まえるためという腹の立つほど単純明快なものであったと明かされた。そのために雨の中で行き倒れたフリをしていたのだと、夜さまは開き直るような態度で言い切った。

「寒かったでしょ夜さまぁ。もう大丈夫ぅ? 震え止まったぁ?」

「なに。これしきのこと大事ない」

「でっ?」

 この場ののんびりとした空気に呑まれまいと、蘇芳は眉を寄せ鼻筋にいくつもの筋を浮かべ、二人へ怒気を向ける。その際に、(なぐ)られたであろう後頭部が再度ズキリと痛んだ。実行犯は十中八九くぅであろう。

「いい加減、ここがどこなのかハッキリさせろよっ」

「ドアとドアとの境じゃ。儂らは『狭間(ハザマ)』と呼んでおる」

 けろりとした態度で、夜さまはやはり淡々と答えた。ぐっと言葉に詰まった蘇芳の即興力は追いつかない。

「ちょっ、待て待て。その『ドア』って何だ。ドアっつーのは一般的に、開けたら別の部屋なり外に繋がる扉のことだろーが」

 慎重になる蘇芳の表情は苦々しい。夜さまの薄いアメジストのような双眸を睨み続ける。

「時代を巡る扉――それが、儂の言っておる『ドア』じゃ」


 世には、『時代の門』と呼ばれる一方通行の扉が存在しているという。それは各年ごとにひとつきり。用途は時代と場所を同時に渡るため。

 その『ドア』は、一度開けてしまうと強制的にその中へ引き込まれ、無情にも勝手に閉まる。入ってきた『ドア』へ戻ることはできない。閉まると同時に、(くぐ)った『ドア』は同じ年のまったく別の場所へと移動してしまうらしい。

 そして『ドア』の中に引き込まれた生物は、一旦『狭間』という黒い空間へ飛ばされ、後に出口となる『ドア』が出現。それを開ける以外出口はなく、しかしその『ドア』がどの時代のどの国に繋がるかは『狭間』から出てみるまで一切わからない。


「っつーことは」

 左の口角がヒクヒクと引きつる蘇芳。

「すぐには家に帰れねぇっつーことか?!」

「然様。ものわかりが良いのは良いことじゃぞ、すぅ」

「『すぅ』って呼ぶなっ」

 そう。現在『狭間』に居るということは、既に『ドア』を潜ってしまったあとだ、ということになる。蘇芳は絶望感をためらいなく真正面からぶつけられ、その衝撃に愕然とした。

「儂らはサガシモノをしておる。その手伝いを、ヌシに頼みたいと言っておるんじゃ」

「なんで俺だよ。帰せよとりあえず」

「すぐには答えられぬ。すぐにも帰れぬ。無駄に足掻くでない」

「ンだその言い方っ。帰す帰さねーはともかくとしても質問にくらい答えろや」

「まだ『その時』ではないゆえ答えられんのじゃ」

「時ィ?! 俺の自由奪っといて『答えらんねぇ』ってなんだ、ありえねぇだろ!」

「訪れし好機に、改めて答えてやろうぞ」

「すぅちゃん。あんまり急にたくさん訊きすぎると、頭パアンってなるよ」

「ンだそりゃ。ギャグ漫画かっ」

「……いやわかんないけど」

 とりとめのないやり取りが区切りとなったか、ふと左側がほのかに明るくなったのが目の端に映り込んだ。全員でそちらへ顔を向ける。

「あーっ! 見て見て、夜さまぁ!」

「うむ。頃合いじゃの」

「あれが……」


 まるで板状チョコレートのような形状。

 左側に黒色の丸ノブ。

 高さはおおよそ二メートル二〇センチ。幅は大人が二人並んで通れる程度――蘇芳らがしゃがみこんでいる場所から三メートルほど離れた位置にぼんやりと浮かんで見える様は、まるで蜃気楼だ。


「次の『ドア』!」

「ふむ。では行くかの」

 蘇芳の目の前を、くぅがタタッと駆けて行く。そのあとを、夜さまのシュルリと細長い尻尾が(ひるがえ)る。

「おい待て、まだ話は終わってねぇ!」

 声量のみで二人を振り返らせる蘇芳。まるでしつけのされていない室内犬の威嚇だ。座り込んでいた両足を伸ばし立ち上がり、拳をふるふると震わせている。

「納得するような説明してからにしろ。じゃねーとあのドア、俺は潜んねぇ」

「そのようなことを言うとる場合ではない。この場で話せることはこれまでなのじゃ。ゆえに続きは外へ出てからぞ」

「大丈夫だってぇ。『ドア』潜り続けてればいつかは帰れるんだよ、すぅちゃん」

 くぅがにっこりと無垢に笑む。かなり楽観的だな、と蘇芳は苛ついた舌打ちをした。

「ヌシは儂らに付き従う以外、身動きひとつとれぬのじゃ。ここでいま儂らとはぐれると、ヌシは死ねぬまま『狭間』でたった一人、生き続けることになろうて」

「は……はあ? 嘘だろ、マジかよ?」

「嘘をついても得にはならんでな」

 どうやら夜さまとくぅの前では、反論も意固地も意味をなさないらしい。顎を引いた蘇芳は生唾を呑み、冷汗を流し、怨めしさを添えて夜さまへ問う。

「あ、あのさ」

「なんじゃ」

「大人しくアンタを手伝えば、いつかは絶っ対に帰れんだな?」

「ああ。必ず帰してやろうぞ」

 迷いのない首肯、曇りのないまなざし。それに不思議と心の底で納得させられてしまう。

「ったく。しゃあねぇなぁ……」

 溜め息とともに、マットワックスで整えていた赤茶けた髪の後頭部をワシワシと掻いて、蘇芳はようやく肝を据えた。

「一緒に行くことだけが、自分の時代に帰る一番の方法だな?」

「然様」

「わーった、いいよ。アンタたちを手伝ってやる。これで一旦『帰せ』とかはやめだ」

 学ランのスラックスポケットに手を突っ込み、ゆったりと夜さまへ歩み寄る。

「ただし、外出たら俺の質問には答えてってくれよ。わかんねぇままってのが一番モヤモヤしてムカつくんだよ」

「ああ。だが儂らも未だわからぬこともあるゆえ、わからぬときはわからぬと申すでな」

「わーった。そういう協力もしろっつーことな?」

「理解が早いのは良いことじゃぞ、すぅ」

「だから。すぅって言うなっつーの」

「わーい! 改めてよろしくね、すぅちゃん!」

「だーかーらー、やめろってのっ」

 蘇芳が丸ノブに手をかけ『ドア』を押し開ける。三者はそれぞれに歩み進む。すると運命の歯車が、カチッと音を立てて回り始めた。


 駒は、すべて揃った。



   ◆   ◆   ◆



 誰かを、ずっと前から捜している気がする。

 眠りに落ちる前にいつもふと思い浮かべる誰かを、ずっと。



   ◆   ◆   ◆

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