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ドア  作者: 佑佳
そしてドアは開かれた
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狭間 1 (2/3)

 蘇芳は工業高校の二年生で、古い工場地帯のベッドタウンに生まれ育った。そこを、鉄錆(てつさび)(にび)色の街だと数年前から嫌煙している。

 市内のアスファルトのほとんどは、工場から延々と無秩序に降り注がれる鉄粉(てっぷん)で薄汚れている。しかし金属であるがゆえに、それが付着したアスファルトはキラキラと光って見えるのだ。幼いうちは「綺麗だね」などと興奮するが、大人になるにつれ次第にそれが公害だという現実に気が付いていく。

 市内を走り回る大型トラックは、何十台と列なるようにして、鉄粉を降り撒く元凶である工場へ毎日毎晩続々と入っていく。しかし市そのものが工場の恩恵で成り立っている現状が、鉄粉を非難の的には決してさせない。公害はそうして、永く改善されぬままとなっていた。


 冷たい雨が降り続いていた、晩秋のその夕刻。下校途中の蘇芳はいつもの道をゆったりと歩いていた。工場の煙突が偉そうに大きく見えるその国道沿いは、こんな雨の日ですら嫌気がさすほどキラキラと光る。

「この鉄粉も、いっそ雨に流されればいいのに」

 ぼんやりとひとりごちた蘇芳。「そんなわけねーか」の嘲笑(ちょうしょう)を透明ビニル傘で隠した矢先、その数歩先に異物を目撃した。傘の傾きを戻し注視すれば、それは一匹の黒猫だった。雨にうたれ、ぐったりと倒れているらしいと覚る。

「死骸、か?」

 眉間を詰め、「縁起ワリーな」と視線を逸らす。黒猫の横を弧を描くように通り過ぎる。

 国道を行くどんな車も、速度を上げて横を通り過ぎるばかりで停まる気配はない。天気のこともあり、歩行者は後にも先にも蘇芳しかいない。

「…………」

 義務感から、ピタリと足を止めた。すれ違う間際、かすかに(うめ)くような苦しげな声を聴いてしまったためだ。

 しばし逡巡(しゅんじゅん)し、方向転換し二歩戻り、透明ビニル傘を黒猫へさしかけ、しゃがみ覗く。ビクリビクリと手足を|痙攣させているかに見えた。冷汗を背に転がした蘇芳は、慌てて黒猫を抱え上げるために両手で触れる。その身体は目測どおり雨に湿り、冷えきっていた。「なんとかしてやらなければ」と心を決めたそのとき。

「――ヌシを待っておったぞ」

 突然、黒猫はぱっちりとその両の眼まなこを見開き、蘇芳と視線をかち合わせた。「えっ」の感嘆を漏らす間もなく何者かに後頭部を殴打された蘇芳の視界は、そうしてバツンと明かりを失った。



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