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ドア  作者: 佑佳
戦乱編
13/43

三日目 (1/7)

 澄んだ秋空は、翌朝も健在であった。

 蘇芳がこの日の銀次郎の手伝いを始めてまもなく、くぅは『ドア』を探しに米屋を出ていく。それから体感時間で一五分が経った頃、音もなく夜さまが帰ってきた。ビロードのようになめらかな黒い毛なみは、朝陽を淡く反射する。

 夜さまは米屋の入口から堂々と入りそのまま屋敷へと上がったらしく、廊下をゆく際に「すぅではないか」と声をかけられ気が付いた。


「どこまで行ってたんだよ」


 まるで弟妹を諭すような声色で、しかし冷淡に睨む蘇芳。やはり夜さまは顔色ひとつ変えない。


「夜間の散策をすると言うたじゃろ」

「なんでわざわざ夜中に散策すんだよ」

「昼間は人の目があり入れぬところへ行くのじゃ。儂なら闇に紛れそうして探せるじゃろう?」


 むっと口を尖らせた蘇芳はしかし「なるほどな」と簡単に納得してしまった。更に歩み寄ってくる夜さまへ、くるりと背を向ける。


「朝まで帰ンねーなら、せめてはじめにそう言ってけ。心配すんだろーが。……くぅが」


 ギリギリで付け加えた誤魔化しに、夜さまは目を丸くする。歩み寄る脚が止まり、しばしの間のあとで「そうじゃの」と小さく返した。


「ヌシはなにをしとるんじゃ。こんな屋敷の裏の狭きところで」

「薪割りだよ、薪割り。もうすぐ冬だから、若い力でたぁくさん割っといてほしいんだと」

「なるほどの」


 とはいえ、蘇芳は斧など持ったことはない。ゆえに割り方もわからず、恥を忍んで銀次郎に訊ねるところから始まったことだけはなるべく夜さまにバレたくない。

 切り株に木材を立て置き、やっとのことで一本を半分にするに至る。形はいびつだ、半円柱を作りたいのに半円(すい)にしてしまった。


「朝飯は? 食った?」


 背面の夜さまへ訊ねながら、蘇芳は半円錐になった薪をその辺へ転がす。


「よい、儂のことは気にするでない」

「じゃなくて。夜さまの朝の分まだ部屋に残してあるからちゃんと食っとけっつってんの。せっかく出してくれたおやっさんに申し訳ねーだろ?」

「なるほど、そういうことであったか。うむ、では馳走になってくるとするかの」


 残りを更に半分にする(かたわ)ら、夜さまへは一瞥(いちべつ)もせず適当な相槌だけで済ませてしまう。斧を振るうも、今度は円錐型よりも更に悪く、ただ削いだようになってしまった。理想とする薪には程遠い。蘇芳の精神的疲労が重苦しくのしかかる。


「はーぁ、ムズ。喧嘩の仲裁のがまだ楽かもしんねー」


 大きな独り言を吐き、手元へ向けていた視線を屋敷の方へ戻す。すっかりその場から夜さまがいなくなったものと思っていた蘇芳は、しかしそこに未だ留まっていた夜さまの姿を見るなり大袈裟なほどに驚いた。


「どわぁっ?! な、なん、なんだよまだ居たんか」

なった(・・・)な」


 スンと落ち着き払ったまなざし。先程までとはひとが違ったような、掴みどころのない不可思議な雰囲気に染まっている。威圧的ではないのに圧倒されてしまった蘇芳は、夜さまが発した言葉の意味への解釈がひどく遅れ、何とも返せない。


「……え?」

「『会遇』が成ったじゃろ」


 ポカンとしていたせいか、わざわざそうして改められた。戸惑いながら左手を首の後ろへやり、苦笑いで訊ね返す。


「あ、いや、えーっと……そーなの? 正直、あんま実感してねーっつーか」

「なるほど。では儂も直に確認し、それから施そう」

「え? なにを?」

「近々、彼の者に会う機は設けとるか?」

「へ?!」


 質問には答えてもらえず、しかしこそばゆいところを突かれた蘇芳はボンと頬を赤らめ声を裏返した。


「や、あー、今日の昼以降に、ちょっと会う予定、だけど」

「ふむ。ではそこに儂も着いてゆくでな」

「は?! な、なんで」

「魂のカタチを確認し、それから施さねばならんからの。ともあれ儂は朝餉(あさげ)を頂戴してくるよって、詳しい話は後ほどしてやろうぞ。ヌシはそれまで薪割りに勤しむがよい」

「あっ、ちょ、夜さまっ」


 そそくさと腰を上げて行ってしまった夜さまを、ただ呆然と見送る蘇芳。「なんだっつーんだ」と苦く漏らし、首の後ろにあてがっていた手をそっと外す。掌には知らぬ間にじっとりと汗が滲んでいた。濃紺の脚絆(きゃはん)太股(ふともも)でそれを拭うも、ソワソワとした気持ちは収まらない。

 下手なりにも斧を振るい、言われたとおりに薪を割っていく。パカーンパカーンと乾いた音が高く抜けると心地よいため、もはやストレス発散も兼ねた。

 夜さまのやけに真剣な面差しがくっきりと脳裏に浮かび、残る。夜さまはなにを目的として会遇を斡旋するんだか――それまであった期待感の上に、不透明な不安感が深々と音もなく降り積もっていく。まるで水気を多く含んだ牡丹雪が降るがごとく。


「蘇芳、やっとるかな」

「おやっさん」


 ややあって、店番をしていたはずの銀次郎がひょこっと顔を出した。


「おお、初めてにしてはよう割ったではないか」

「マジスか! なんか想像してたよりなかなか上手く割れなくて、けどやっと慣れてきたとこって感じだったんスよ」


 息を切らしながら奮闘したかいがあった、と胸を撫でおろす。用意したての木材に斧を振り下ろせば、繰り返し幾度も練習したお陰でようやく綺麗に半分に割れた。安堵のひと呼吸をおき、更に半分に割る。


「ダッハハハ、まこと上手いではないか! 未経験とは思えんぞ。筋がいい!」

「あざす!」

「して、すまなんだが、ちぃとばかし呼ばれてはくれんか。薪割りは急いどらんし、また手が空いたら改めて頼むでな」

「いいっスけど、どこに?」


 表情にこやかに銀次郎は米屋の入口方向を指す。


「昨日の昼頃に騒動があった、あの乾物屋じゃ」

「あぁ、喧嘩まがいのがあったとこ」


 言いながら斧を置き、着物に付いた木屑を払ってから屋敷へ上がる。夜さまを待つか迷いつつ辺りを見渡すも、銀次郎に促されたがために大人しくそれに続いた。

 米屋の店先で銀次郎と別れ、数歩行った先で何気なく振り返る。するとこちらへタッと駆けてくる夜さまを目にした。なんとか追って来られたか、と立ち止まる。


「悪ィ、夜さま。おやっさんに行ってきてほしいとこあるって言われて、急に出なきゃなんなくなってさ」

「うぬ、そうであったか」

「飯食ってきた?」

「あぁ、問題ない。馳走になった」

「皿だけ下げに戻るかなぁ。そこまではさすがにやってねーだろ?」

「いや、きちんと(くりや)へ置いてきた」

「く、くりや」

「……炊事場のことじゃ」


 苦笑いで「へぇ?」と相槌を返し、再び歩を進める。

 わざわざ会話を交わしたことで夜さまの機嫌をうかがったことは口にしない。表情の読めない夜さまが怒っていなさそうだとわかればそれでいい。自然と足取りも軽くなった蘇芳は、スタスタと早足で乾物屋へ向かう。


「ヌシはどこへ向かっとるのじゃ」

「乾物屋だよ。通り二本向こうの。夜さまは?」

「ヌシの付き添いをせねばと思うての」

「俺、別にこれから『会遇』のヤツに会うわけじゃねーよ?」

「わかっとる。それは昼過ぎであろう? それにしてはまだ早いゆえ、そうわざわざ言わずとも理解しとるわ」

「へーへーそーかよ。したらまだ俺に着いてこなくたってよかったんじゃあございませんかねっ。あ、サガシモノは? まだ見つかってねーんじゃねーの? 時間になるまで探してこいよ」

「無いのじゃ」

「は?」


 残った笑みでハテナを返す。


「この時代に、儂らのサガシモノは無い」


 怪訝に顔をしかめ、ピタリと立ち止まる。黒く|艶めく細長い尻尾をシュルリとうねらせた夜さまは、ゆるりと蘇芳を振り返った。


「この時代に出た理由は、儂らのサガシモノがためではない。初めから『ヌシの会遇』がためと決まっておった」


 賑やかしい通りの端で、往来の合間を縫って中性的な声が届く。それは小声であるのにはっきりと耳に届いた。蘇芳は「たったそれだけのため?」と細く問い直す。


「然様。じゃがむしろ望みし重要な時代のひとつに出られたゆえ、安堵しておった」

「安堵もなにも。夜さまがそうしたんだろーが?」

「違う、儂が時代を選び連れまわしとるわけではない」


 切れ長に細められた双眸が鋭く蘇芳の胸に刺さる。


「初めに言うたが、『ドア』は開けてみるまで儂ですら何処へ繋がるかわからん。じゃがヌシを連れし初期の三回以内であれば、そのいずれかで『彼の者のもと』へ出ると、『狭間』でヌシが目を覚ますまでに予測立てしとった」

「よ、よくわかんねーこと言うなよ。じゃあなんでこの時代にピンポイントで出られたわけ?」

「ヌシ自身が、そう強く望んだゆえ」


 端的なその言葉は、蘇芳にそれなりの衝撃を与えた。小さくなぞる声が裏返る。しかしそうと言われども身に覚えはない。平静を装おうと引きつる頬で嗤い、視線を逸らす。


「ッハ、んなわけねーじゃん。俺、『狭間』で何回も元の時代に帰せっつってただろーが。縁もゆかりもなかったこの時代に出たいなんて願ってなかったっつーの」

「まことか?」

「たりめーだ」

「そうかの」


 夜さまの曖昧な言い方に常に壁を感じてならない。話を重ねどもはぐらかされ、うやむやにされ、知りたいことの核心には遅々として近付けず蘇芳だけが『わからない』。(もてあそ)ばれていることや腑に落ちない返答の連続にモヤモヤは積もる。

 腰を下ろしている夜さまを追い越し、無言で乾物屋へと急ぐ蘇芳。大股の歩みには次第に力が込められ、ダンダンと打ち付けるように歩いたことで草鞋の裏に小石がいくつか刺さった。渦巻く感情が先立つことで、痛みはまったく気にならない。

 静かに隣を着いてくる夜さまは時折蘇芳を見上げ、しかしそれ以上はなにも言わなかった。ジワリと滲んでいる拒絶反応を汲み取ったか、次第に蘇芳の半歩後ろを黙って着いてきた。それが見張られているような居心地の悪さとなり、蘇芳の顔面の険しさは歩数ごとに増していく。

 良くはない雰囲気を連れたまま乾物屋の前までたどり着いたとき、のれんの前で腕組みをした乾物屋の女将(おかみ)と目が合った。


「あ、どもっす。蘇――」

「ねぇちょっとアンタぁ、待ってたんだよォ!」


 蘇芳を視界に入れるやいなや、彼女は蘇芳の挨拶を遮りグンと物理的距離を縮めた。明るくハリのある大きな声が、元気な世話焼きおばさんを連想させる。邪険にできるわけもなく、蘇芳は身を仰け反らせることでなんとか距離をとる。


「ウチのに聞いたよ、昨日は世話焼いてくれてありがとうねぇ。はいこれ、貰っておくれ」


 距離のことを然して気にしていない女将から押し付けられたのは、小包のように風呂敷に包まれた荷であった。怪訝に眉間を詰め「えっと、なんすか?」と訊ねれば、軽い調子で「お礼さね」と女将は返す。


「あのあとアンタさっさと帰っちまうもんだから、渡しそびれっちまったんだよぉ。遠慮せず貰っとくれ」

「いや、別にいいってこういうの。なんか報酬欲しさにやったみてぇじゃん」

「なにを言っとるか、青二才め! 恩がありゃ(けい)もあるってのが世の情なんよ」


 店の奥から声を張って出てきたのは、壮年の店主。女将同様明るくハリのある声で、「だったら昨日仲裁していたときにこの調子を出してくれよ」と蘇芳はひっそり思った。


「なぁにいっちょ前なこと言ってんのよォ、カッコつけて。全然カッコよくないってぇの!」


 ドス、と女将に(はた)かれる店主の肩。


「この人いざってときに気が小さくてねぇ。声大きいわりに強く出れないもんだから、昨日アンタがこの人以上に役立ってくれて、そりゃもーアタシも助かったってわけさ。だから。ね?」


 早口の女将にタジタジな店主を見て、力関係を覚ってしまった蘇芳。いびつながらもようやく頬を緩められた。


「銀次郎さんから聞いとるよ。ちぃちゃい妹さんと旅してんだってねぇ? アンタが要らないならその妹さんにやんなさいな。これはあっちのお茶屋のダンナからだよ。これとこれは向こうの反物屋さんから」


 礼を言われることをくすぐったく喜ぶ反面で、すぐに素直に受け取らない自分に対してなかなか理解が及ばない。自分のしたことに自信が持てないがために、蘇芳の中の天邪鬼がぶっきらぼうなカッコつけを始めるのである。


「これだけのために呼び出して悪かったねぇ」

「いや、むしろこっちのが、その、『ありがとうございます』です」

「なんのなんの! アンタ、素直なほうがカワイイじゃないの」

「カワイイって……」

「もうしばらく城下に居るんだろ? またなんかあったら頼まぁ」


 結局強引に持たされた近隣住民からの礼の品々は、女将の笑顔と店主のお調子者そうな雰囲気に負けて、大人しく受け取ることとなった。はつらつとした夫妻に始終圧倒された蘇芳は、深々と頭を下げて乾物屋を後にする。


「ヌシ、あのような世話焼きまでしとったのか」

「まぁ、なりゆきでな」


 早足で近付いてきた夜さまは再びぴたりと蘇芳の左隣についた。


「昨日銀次郎のおやっさんの手伝いで城行ったんだけどさ。そんときに城の姫さまにたまたま会ったわけ」

「姫、か」

「うん。で、初日におやっさんのとこで捕まえたアレの話になって。したら姫さまから直々に町のパトロール的なこと仰せつかったんだよ」

「ふぬ。確かになりゆきじゃな」


 抱えた荷は重い。一歩を踏み出すごとにガチャガチャと音がなる。そして、無機物であるのに温かい。

 曲がり角に当たったところで足を止め、夜さまを見下ろす。


「俺一旦米屋戻るけど、夜さままだ着いてくる?」

「いや、寄るところがあるゆえそちらへ行く」


 ふーん、と淡白な相槌を返し、そそくさと夜さまへ背を向ける。


「じゃな。昨日みてぇに遅くなんじゃねーぞ」

「なにを言っとる。今度はヌシが儂に着いてくるのじゃ」


 背にかけられた一言に目を上げる。眉間を詰め、訊き返すように振り返った。


「え、俺も行くの?」

「見せておかねばならんものと、話しておかねばならんことがあるゆえ」



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