2-4 敵の将
根の堅洲国。百鬼連合国家の支配領域。
いくつもの十字の光が輝く空へ向かって、喝采と歓声の渦が昇っていた。
渦の下には、無数の鬼の軍勢が整然と並び、長方形の陣形をいくつも形作っていた。
それは不動の姿勢で命令を待つ鬼たちの集団だった。
百鬼連合国家の首都には、この日━━観閲式を見ようと鬼の民が集まっていた。
集団の先頭の者が号令をかけると鬼たちは一斉にあぐらをかいて座り、頭を垂れた。
その鬼たちの前の観閲道路に数台の車両の列が現れる。
観衆の視線が一斉にその車列へと向けられた。
先頭から二台目の車両の扉が開く。
大きな体躯の鬼が降り立った瞬間、観衆は歓声を上げた。
その鬼は南婆羅族の首領、濔玄だった。
濔玄は空の陽の眩しさに額をしかめながらゆっくりと顔を天へ向けた。
身を翻してマントを靡かせて鬼の隊列の反対側に設けられた観閲台へ歩き出した。
後続の車両から降りた鬼の将校たちがその背後に続く。
歓声を浴びながら観閲台を昇る彼らは、戦によって武勇を認められた将軍━━大豪傑たちだった。
観閲台の幅はおよそ四十メートル、高さは五階建ての建物に相当する建造物だった。
この観閲台を昇ることを許される者の多くは、伝統ある血筋の持ち主である。
だが、強さを持つ者であれば誰であろうと昇ることができる。
鬼にとって武勇に生きることこそが最大の価値だからであった。
将軍たちに頭を下げる鬼たちもまた、屈強な戦士ばかりだった。
この集団は黄泉軍の南婆羅族が保有する師団の第81空挺師団隷下の第7装甲打撃連隊である。
幾多の再編を経ているが、その起源は遥か昔であり、南婆羅家の戦力として存在し続けてきた重装打撃部隊である。
黄泉軍の空挺部隊は飛行状態での展開によって戦闘機動、目標への降下による戦闘を主任務としているが、南婆羅族の空挺師団は単独で戦うことを前提としておりより重装備であった。
そして勇猛さは身を顧みないものであり、その結果部隊の損耗率は異常に高い。
先のスサの国との大戦では死傷率四〇〇%を記録しており、これは戦争期間中に、部隊定員の四倍の兵が死傷し補充されたことを意味する。
車列が一度途絶えると、再び新たな車両が現れた。
歓声がさらに大きな波となる。
やがて観衆の中から畆弩と呼ぶ声が広がり始めた。
車両が止まり扉が開く。
誰もが予想した大英雄が姿を現した瞬間、熱狂は最高潮へ達した。
観閲部隊の長は大きく息を吸い、目に力を込めた。
百鬼統一戦争の大英雄、南婆羅 畆弩が車から降り立つ。
頭には二本の角。
人間を慄かせるために生まれたかのような顔をした赤鬼だった。
紅色のマントに覆われた体躯は二メートルを超える。
右肩から先の腕は無かった。
百鬼連合国家設立の大号令に反した種族同盟の反乱によって起こった百鬼統一戦争。
その反乱同盟との戦いの最前線に立ったのが畆弩だった。
激戦の中、彼は猛将と対峙し右腕を消し飛ばされた。
勝利した畆弩は自身の腕を奪った相手を決して侮蔑しようとはせず、むしろその強さを讃えた。
鬼には数多くの種族が存在し、それぞれが伝統と誇りを持っている。
英雄は強敵を打ち破ったことを誇り、その強敵の同胞らは自分らの豪傑を破った者を讃える。
そして同時に彼らは、創造神より生まれた一つの生命であるという自覚も共有していた。
誰もがその女神を崇めているのである。
観閲部隊の長は、溢れる歓声に臆することなく立ち上がり、直立不動の姿勢で畆弩を睨みつけるように見る。
畆弩はその視線を受け止め、また自分も力強く睨みつけた。
部隊の長はすでにクローン兵士の存在を越え、自我のある鬼に進化した者であった。
この命を使えるものなら使ってみろと目で訴えていた。
畆弩はその意思の強さを確認すると、視線を外して空を見上げた。
観衆から放物線を描いて降り注ぐ歓声と己の名。
畆弩はそれに応えるように左拳を天へ突き上げた。
歓声が再び大きな波となる。
そして畆弩は観閲台へ歩き出した。
「畆弩! 畆弩! 畆弩! 畆弩!」
「畆弩! 畆弩! 畆弩! 畆弩!……」
無敵の体躯を天へ押し上げるように、その名が連呼され続けた。
観閲式を終えた後、南婆羅族の首領たちは軍議のため宮殿の謁見の間へ移動していた。
この謁見の間は、配下の種族が南婆羅族へ謁見するための広間であり、軍議の場でもあった。
宮殿は南婆羅族の伝統と権威を象徴する建物であった。
天井へ向かって伸びる柱は金で装飾されており、中庭に面した側面には装飾ガラスの窓が並ぶ。
陽光が満遍なく屋内に差し込んでいた。
部屋の高さは二段構造になっており、入口側の天井高は十五メートル。
途中から奥側は八メートルへと低くなっている。
これは大型の鬼の種族が玉座へ近づく際、自然と身を屈める構造になっており、巨人たちの体躯を跪かせるための造りである。
軍議の際には玉座の前に巨大な机が置かれる。
その上には戦場を再現したジオラマ━━砂盤が広がっていた。
砂盤に示されているのは、根の堅洲国内における百鬼連合国家の支配領域である。
百鬼連合国家は鬼の種族による連合国家であり、その軍隊である黄泉軍もまた各種族の軍勢による連合軍であった。
その中で南婆羅族は政治面、軍事面においても発言力を持つ勢力であり、特に軍事面に関しては独立した決定権を有している。
現在行われているのは定例の軍議だが、他種族の首領たちも参加していた。
砂盤の上では青く塗られた駒がいくつか置かれていた。
勢力圏内への侵入が確認されたヤマト機関の戦術輸送機の示すものだった。
状況の報告が終わり、首領たちは一斉に上座へ視線を向けた。
そこには濔玄が座っている。
だが濔玄は口を開かない。
隣に座る畆弩へ視線を送った。
畆弩が口を開く。
「俺はこれを、人間共の侵攻の兆しとは思っておらん」
一同を見回す。
「それで各々には異存はないな?」
誰からも反論はなかった。
畆弩は続ける。
「我が領内から葦原の国へ繋がる黄泉平良坂を見つけ、それを押さえにきたか……」
「ではこの侵入はそのために?」
一鬼が質問をした。
「わからんが、奴らが彷徨く意図を突き止めたい。
状況によっては我が空挺師団も動かす」
そう言ってから濔玄を見る。
「それでよろしいですね、伯父上」
「かまわん」
畆弩は再び一同へ向き直る。
「そして問題は葦原の国に行った連中だ」
畆弩の声が低くなり、議上の空気が重くなる。
「篭鬼が死んで、今は砕晶とかいう奴が仕切っているらしいが……まだ報告はないのか?」
「まだありません」
一同がざわめく。
畆弩は声に苛立ちを混ぜながら続けた。
「それにこの前の騒動はなんだ!
あれは神業なんじゃないか?
あれが本当に葦原の国に打撃を与え、大都督の指導するように我らの橋頭堡を作らせる戦術だったのか?」
室内が静まり返る。
「俺はあの砕晶という男を信用できん!」
首領たちは隣の者と囁き合う。
節々に聞こえるのは、砕晶と人狩八十八鬼衆の謎めいた行動への不満ばかりだった。
畆弩はそれを見回し決を下した。
「大都督は依然として砕晶らを使えというのなら、奴らに増援する名目でスサの国の国境付近に空挺師団を展開させる」
「はっ! 仰せの通りに……!」
空挺師団の師団長が答えた。
「皆の者、よいな!」
一同が応じる。
「おう!」
こうして軍議は終わった。
首領たちが宮殿を後にすると、濔玄は畆弩に声をかけ、並んで歩いていた。
濔玄が口を開く。
「わしは葦原の国であの瓜二つの空間を見てきたが、あれは確かに葦原の国──世界その物だったかもしれん」
「ですが伯父上、誰がそんな事を……?」
「一度面通しにきた鬼塚 一郎という小僧の事は覚えておるか?」
「ええ、ガネイの国の王子の」
一郎よる黙示録を起こす前、砕晶は一郎を連れてこの南婆羅宮殿に面通しを行っていた。
その際には、砕晶は大胆にも大都督との面会を希望し、その非礼を畆弩が咎めたことがあった。
「あの小僧、空間の生成を得意と申していたが……」
「まさかあの子供が創り出したというのですか?!」
畆弩が食い気味に聞いた。
「わからぬ。
ただ、我が南婆羅族の血とはいえ、確かにあの小僧からはただならぬものを感じた」
畆弩も濔玄と同じく一郎からは何かの気配を感じてはいた。
「大都督は何を思って、奴らに力を貸すよう命じられたのか……」
濔玄は立ち止まって呟いた。
畆弩も足を止めたが、その言葉を聞いて眉をひそめた。
「鬼塚 一郎が死んだ後、あの空間から現れたのは物部の血筋の者だと報告を聞いています。その者が鬼塚 一郎を?」
「それもわからぬが、そうなると篭鬼を殺したのもその者だという推測もあるだろ?」
「篭鬼も鬼塚 一郎も……」
「話は見えてこないが、まずはお前の言う通り、砕晶を問いただす事だな」
「はい。伯父上。
この顛末、始末をつけます」
畆弩は一礼をすると、巨大な南婆羅宮殿の廊下を足早に歩いて行った。
畆弩の威風堂々とした歩みに対して、濔玄の姿は観閲台に立っていた時よりもずっと小さく見えていた。




