2-2 輝かない勾玉
一郎による滅亡の危機から救われた葦原の国は、徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
東京の空に展開していた艦隊は、新夢の島──おのごろ島に着陸し停泊するほか、根の堅洲国へと帰投していった。
様々な憶測を生んでいたククリの力や超人の存在は、もう一つの葦原の国の現出と、空での戦いを目の当たりにしたことで、葦原の国━━世界中の人々は否応なく現実として受け入れられていた。
依然として報道やワイドショーでは超人とククリの力、鬼、そしてヤマト機関が公表した世界の構造の話題で溢れている。
アメリカ大統領は、星条旗を靡かせる超人はいないのかと呼びかけたが、応じる者は現れなかった。
五年前の地殻変動で東京湾に出現した島の名称は、ヤマト機関および根の堅洲国の呼称に合わせ、新夢の島からおのごろ島へと改められた。
ただ、武たちの通う学院の名称は、金鵄夢の島学院のままとされた。
武たち学生隊はヤマト機関の掃討作戦における後方支援の任を解かれ、元の学校生活へと戻っていた。
今日。武は午後の授業を欠席していた。
武はヤマト機関の研究施設で、タケミカヅチノカミの力の残留があるかどうかの検査を受けていた。
身体の確認のほか、康彦から授かった勾玉と剣も調べられた。
検査を終え待機室で一人座っていると、扉が静かに開いた。
入ってきたのは冨樫だった。
「冨樫局長……!」
武は反射的に立ち上がる。
「座ったままでいい」
冨樫は穏やかに言った。
「君の体を精査したが、タケミカヅチノカミの力が残っている形跡は確認できなかった」
「……そうですか」
武には自覚があった。
一郎と対峙したあの時、体を迸った電気も、満ちていたククリの力も、戦いの終結と共に静かに消えていた。
高天原で授かった勾玉も、今はただ翡翠の色の艶があるだけだった。
「先般の危機において、君には過大な負担を背負わせた。申し訳なく思っている」
冨樫はわずかに頭を下げた。
「そして、物部康彦氏の意志を継ぎ、イザナミノミコトの魂の複製と戦い、世界同士の衝突という未曾有の危機から葦原の国を救ってくれたことに、心から感謝したい」
その礼は、ヤマト機関の長としてだけではない。
一人の人間の礼でもあった。
武はその言葉を、静かに受け止めた。
「これから、どうしていきたいと思っているかな」
冨樫の声は、押しつけがましさを含んでいなかった。
「君は鬼塚一郎君を救うために、ヤマト機関へ来たのだね」
「……はい」
武はうなずく。
「引き続き、君を狙う存在はいるだろう」
冨樫は一拍置いて続けた。
「君の安全を考えれば、ヤマト機関に所属し続けることが最善だと私は判断している。
そしてあの力を行使したのは、君自身の意志だ。
その覚悟を持つ君には、ぜひこの組織に力を貸してほしい」
武は一郎の言葉を思い出した。
── 俺はお前の選択を支持する。
その言葉は、今も胸の奥で消えずに残っている。
「……一郎は言ってくれたんです。
僕がご先祖様の意志を継ぐことを支持すると。
それに僕にとってクラスメイトのみんなも大切です」
武には、錠や赤松、瑛美や瑛理子、早奈美たちクラスメイトのことが思い浮かんだ。
特に瑛美と瑛理子の表情が鮮明に脳に映った。
「たとえ戦うことになっても頑張りたいんです」
冨樫はわずかに目を細めた。
「原始超人については、聞いているね」
武の胸が一瞬だけ硬くなる。
「……はい。一郎のことを教えてもらった時に」
「原始超人と名乗る人物に遭遇した場合は、無闇な接触は避けてほしい。
その時は、必ず私に連絡を」
武はその言葉を命令のように聞こえなかった。
──この人は俺の事を案じているのか?
「ありがとうございます」
武は素直に応じた。
冨樫は武の羽張背に直通コードを設定させ、導通を確認すると、静かに席を立った。
「引き続きよろしく頼む」
それだけを言い残し、冨樫は部屋を後にした。
武は勾玉と剣を受け取ってから男子寮に戻ると、自室には錠と赤松が待っていた。
「お、帰ってきたな」
「おかえり。明日、街に行かない?」
「街って……おのごろ島の?」
「そう! まだちゃんと案内してなかったでしょ?」
「武が来てから、ずっと騒がしかったからな」
──そういえば、休みに出かけるなんてここに来てから考えてなかったな。
「ありがとう、案内してよ!」
「決まりだな」
三人は食堂と浴場に行く支度をし、部屋を出る。
明日の予定を話しながら、男子寮の廊下を歩いていった。
おのごろ島に戻った武にとって明日また何者かに狙われる可能性は消えていない。
高天原から授かった勾玉も、今は静かに光を失っている。
それでも錠や赤松たちと過ごす時は、その事実を忘れさせてくれた。




