1-26 黙示録へ
一郎たちが乗り込んだ飛行艇は、誰もいない東京の街の上を飛んでいた。
上空の灰色の空から、やがて輪郭が浮かび上がってくる。
ビル群の頭。
首都高速道路の白線。
大型商業施設、電波塔、公園の緑と池の水面。
空が、鏡のように地上を映しているかのようだった。
飛行艇は、ビル群が途切れて開けた公園へ着陸する。
その内部から、一郎と武を飲み込んだ空間が降りてきた。
降り立った場所にあったのは、公園にあるはずのベンチではない。
神を崇める祭壇のような、その権威を誇示するような壇場だった。
葦原の国──。
武の消失を確認した松岡は、同行していた学生たちを連れ、
新宿上空に展開していた空間母艦へと移動していた。
「うわ……すごい……」
錠と赤松は、艦内の大きなホールに足を踏み入れ、思わず声を漏らした。
ヤマト機関・空間母艦艦隊。
その旗艦──タケミカヅチ。
この船にはヤマト機関の中央作戦室とリンクした艦上作戦室があり、
移動しながら大規模な軍事行動を指揮することが可能だった。
艦上作戦室━━ホールの中央には艦橋が据えられ、
正面と周囲には数多くの大型ディスプレイが並んでいる。
そこに、野澤教諭が待っていた。
「野澤先生……!」
赤松は、軍属ではない野澤の姿に驚く。
今回の事態において周到にも
空間操作の専門家として野澤はすでに招集されていた。
「松岡大尉。
この子たちが、物部学生と行動していた学生ですね」
「はい。
消失は、境界線空間の転移のように、
一瞬だったと報告を受けています」
野澤は報告を聞きながら、瑛美と瑛理子へ視線を向けた。
「その二人にも、現時点では把握できない、と」
「はい……」
二人は張りつめた表情で答える。
「現在、通常の境界線空間よりも情報遮断性の高い、
あるいは許容量の大きい収納空間の現出痕跡を調査していますが──」
「えっ。……感じるわ」
その途中で、瑛理子が小さく声を上げた。
「物部学生を……?」
「はい……!
今、感じるんです。
武君を!」
驚きと喜びが混ざった声だった。
瑛美も念じるように目を閉じ、意識を集中させる。
「……私にも。
瑛理子、武君の感覚が……
近づいてきてる……?」
艦上作戦室に、非常事態を告げる警報が鳴り響く。
「上空に巨大な空間が現出!」
「空間の種別は!?」
野澤が即座に問いかける。
「攻撃空間とも、防御空間とも判別できません!」
「飛行空間の反応でもありません……!」
ディスプレイには、無数の境界線空間の情報が投影された。
「こ、これは……。
外部映像を!」
指示と同時に、東京の空が映し出される。
曇天の空であったはずの空は、上下が反転した蜃気楼のように鏡写しとなった街並みが浮かんでいた。
艦上作戦室のガラス張りの天井を見上げると、
天井越しに見えるはずの空には、自分たちの足元にあるはずの街が広がっている。
「黙示録……」
野澤が、その情景を見て言った。
その言葉を聞いた錠は息を呑んだ。
その時、艦上作戦室にヤマト機関の長━━冨樫が入ってくる。
冨樫は迷いなく野澤の前へ歩み寄った。
「局長。
これは創られた空間ではありません。
世界そのもの、空間のつながりが創られています」
「それを成し得る者は?」
「神です。
これは神業です」
野澤は続けた。
「この情景は、世界中で観測されるでしょう」
冨樫は静かに頷き、艦橋へと向かった。
その背中を見送ってから錠が野澤に問いかける。
「先生……。
なぜ、世界中で見えるんですか?」
地球は丸いじゃないですか……」
野澤は教え子に、噛み砕くように説明した。
「これは空間を“切り取って”創られたものではありません。
過去へ向かう空間、
現在の空間、
未来へ向かう空間。
それらすべてを含めた、
この世界と同一の空間つながりの構造そのものが、
創られてしまっています。
私たちの上の空に“何かがある”のではありません。
私たちが居る世界──空間のつながりそのものが、
もう一つ、創られてしまったのです」
「同じ世界がもう一つ……」
生徒たちは言葉を失った。
「この世界──葦原の国と同一の物質を創り出した。
このようなことは通常、人間や鬼にはできません」
続けて野澤は断定的に言った。
「神にしかできないのです」
世界中の人間が、空を見上げていた。
人類は改めて知ることになった。
自分たちの常識が、世界の常識ではなかったということを。




