1-21 戦いの衣を着て
冨樫の会見から、四日が経過していた。
この四日間、世間の話題はククリの力に関するものばかりだった。
老人から子供まで、老若男女を問わず、人々は「超人」という存在に関心を向けていた。
東京の空に浮かぶ空間母艦を見上げる人々の姿は、もはや日常の光景になりつつある。
経済、文化、科学、軍事。
あらゆる分野で議論が巻き起こり、関心を持たない者は、ほとんどいなかった。
ククリの力を生活エネルギーへ転用する可能性は、既存のエネルギー概念を根底から覆す。
それは世界の経済構造にまで影響を及ぼし、軍事転用に至っては、国際的な軍事バランスを塗り替えかねない力を秘めていた。
当然のように、日本政府は各国から説明と対応を求められている。
ヤマト機関はそれを想定し、声明文や資料の翻訳、吹き替えを事前に用意していた。
意味の齟齬が生じないよう、同一内容を、同一解釈で世界に伝えるためだ。
だが、それでも世界各国、各機関からの問い合わせは殺到している。
いくつかのメディアでは、世界のどこかにヤマト機関と同じ役割を担う組織が存在する可能性を取り上げ、ワイドショーを賑わせていたが、ヤマト機関の首脳部にはその想定はなかった。
原始超人が葦原の国の世界に設置した組織はヤマト機関の他にはなかったのだ。
犯人不明とされていた連続殺人事件は、鬼による犯行だったと判明したことで、人々の鬼への恐怖は広がっていた。
ただ、世間が混乱する一方で、ヤマト機関の発表から鬼による事件は起きていなかった。
その日。
武たちのクラスは、通常の教室ではなく、松岡に連れられて被覆保管庫にきていた。
「あれ、竹中さんだ」
武の視線の先には、数人のヤマト機関の隊員が待機していた。
その中に、見覚えのある顔がある。
「中尉の人だよね?」
錠が、襟元の階級章を確認しながら言う。
「うん。俺をここまで連れてきてくれた人だ」
武に気づいた竹中は、声を出さずに、わずかに口角を上げた。
「では、開けてくれ」
松岡の指示で、隊員たちが両開きの扉を開く。
最初に松岡が中へ入り、生徒たちも続いた。
部屋の中は、静かだった。
天井は曇ったような灰色。
壁には、装具の名称が書かれたプレートが並んでいる。
大きな窓には、破壊防止のための格子がはめられていた。
床には、カーキ色のケースが規則正しく並べられている。
配置は、教室での席順と同じだった。
「自分の席と同じ位置のケースを確認するように」
松岡が言う。
「名前を確かめたら、開けてみてくれ」
ケースの表面には、それぞれの名前が書かれたプレートが貼ってあった。
武は、自分の名を見つけ、静かに蓋を開ける。
中に収められていたのは━━
折りたたまれた、カーキ色のジャケットとパンツ。
それと初めて見る機器が入っていた。
「まずは戦闘用外衣の上下だ」
松岡が説明を始める。
「ヤマト機関で使用される、任務中に着用する被服だ。
まず、それに袖を通してもらう」
錠は、説明が終わる前に、すでに着始めていた。
丈は腰ほどまで。
ミリタリージャケットのようで、ラペルのある独特のデザインをしている。
色は黄褐色がかったカーキ色。
だが、その無骨さが、汎用性の高さを感じさせる。
先日、東京の空に現れた空間戦闘団の隊員たちは、空を飛ぶ中での低視認性効果━━ロービジリティ効果のためにグレーを基調とした外衣をまとっていた。
「……軽いな」
武も着てみて、そう思った。
見た目とは裏腹に、重さはほとんど感じない。
動いても、身体の動きを妨げる感覚がなかった。
「素材は、ククリの力によって生成されている」
松岡はククリの力に由来する物の馴染みが浅い武に説明をしてあげてから、また全体への説明を続けた。
「気温に応じて調整され、寒さも暑さも対応する。
袖の内側には、収納空間も備えられている」
前腕あたりにもポケットがあるのは、そのためだった。
「そして外衣自体にも、一定の防護性能がある。
だが、ヒイロガネでできた金属程の強度はないから過信をしないように」
従来の防護服よりも、明らかに強度は高い。
ヒイロガネ製の武器に対しても、ある程度の防護性能を持っている。
生徒たちは、それぞれ外衣の感触を確かめていた。
瑛理子と瑛美子は、互いに着こなしを整えている。
「ねえ、武君」
瑛理子が振り向いた。
「このジャケットなら、どんな髪型が合うと思う?」
「……まとめた方がいいんじゃないかな。動きやすそうだし」
「なるほど」
瑛美子が頷く。
「じゃあ、少し短くしようか」
次の瞬間、瑛美の黒髪が、首元まで整えられていた。
武は、その変化に一瞬、目を奪われる。
雰囲気は変わっても、彼女の柔らかさは失われていなかった。
全員が外衣を確認したのを見計らい、松岡が再び口を開く。
「次に、もう一つ」
そう言って、松岡は自分の首元に手をやった。
松岡の首元はネックピローのように箱に入っている小さな装置が装着されている。
「これは、羽張背だ」
松岡が指で触れた瞬間。
ククリの力のエメラルドの光が走り、後頭部から両耳を覆いながら、頭部を回り込むように額まで半透明の防護膜が展開された。
同時に、さらに操作をすると、視界を保ったままの頬までのバイザーが形成される。
「戦闘時にのみ起動する、補助装備になっており、通信、情報共有、防護。
これらを兼ね備える装備品だ」
光が消え、バイザーは収納された。
「では、続ける」
正面の壁が、静かに左右へ割れる。
中から、大型のディスプレイが現れた。
画面には、上空から見た東京二十三区の地図が映し出されている。
「君たちに参加してもらう作戦について説明する」
松岡の声に、自然と背筋が伸びる。
「鬼は、ここ数日繰り返し行っている人を襲う際には、境界線空間を創り出し、そこへ引きずり込む。
その空間の発生は、探知可能だ」
地図の一部が、赤く示された。
「境界線空間が発生し次第、戦闘団の隊員が急行。
境界線空間への突入口を形成しこれに突入する態勢をとっている。
この状況と同時にヤマト機関の各部隊が鬼の潜伏先を一斉検索するのが今回の作戦だ」
「君たちにも探知装置を搭載した端末を携行し、車両で巡回する。
東京二十三区の警備の補助が今回の任務だ」
松岡は、生徒たちを見渡す。
「君たちの指揮は、私が執る」
松岡が力強く言うと生徒たちが一瞬、戸惑った表情を見せる。
松岡は気づいたように慌てて言った。
「……すまん。熱が入りすぎた」
室温が、わずかに下がる。
教室に、微かな安堵の空気が戻った。
武たちに支給された、戦いのための衣と装置。
まだ始まったばかりだが、
確かに、世界は動き出している。
格子のついた窓から陽の光が差し込むと、黄褐色のカーキ色の衣が輝いていた。




