次の地へ
「護衛の延長まで引き受けてもらって感謝している。妻も君たちに大きく感謝をしているそうだ」
本来なら護衛としてシュダルツのところまで送り届ければ仕事は終わりだった。
しかしギャルチビーがまだ動くかもしれないと警戒を緩めることはできない。
そこでイルージュの希望もあってエイルとミツナは護衛の仕事を延長することになった。
特に何の事件も起きないまま時間が過ぎていった。
エイルとミツナはキリアンに呼び出され執務室に来ている。
「つい昨日ギャルチビーから返事が届いた。……大量の祝いの品と共にな」
結婚式の直後キリアンはギャルチビーに対して手紙を送った。
今回のことに対する抗議の手紙を出す予定だったのだが、エイルが気を失ったナデクロシを抱えてきてくれて拘束できたためにかなり強気な内容で送りつけた。
最悪の場合ナデクロシを取り戻すために兵を向けてくることも警戒していたのだけど、ギャルチビーは丁寧なお祝いの言葉が書かれた手紙と大量の祝いの品を贈ってきた。
事実上の降伏である。
表向きにはギャルチビーの兵士ではないので大きく噂にはなっていないが、少し調査を入れてみると被害は大きく、命をかけたのに報われなかったと兵士たちは不満を抱えているようだった。
しばらく互いに手を出さないようにする和平交渉も同時に持ちかけてきたので、よほど余裕がないのだろうとキリアンは感じた。
何にしても手紙の内容やお祝いの品からしてギャルチビーが手を出してくることは無くなったといっていい。
加えてイクレイの領地でも魔物の討伐が終わって、ブラチアーノたちを安全に送り届けるための追加の兵が向かってもきている。
エイルとミツナの仕事は終わりを迎えたのだ。
「思わぬ収入もあった。君たちの報酬も増額しようと考えている」
「それは光栄です」
口では冷静だけどエイルは驚いていた。
イルージュの護衛もかなり破格の報酬を約束されていた。
そこに追加報酬までもらえるとなるとしばらく楽ができるぐらいの金額になる。
「遠慮しないのだな。まあ遠慮したところで妻の命と心を救った恩に報いるためには嫌でも受け取ってもらうつもりだった」
キリアンは朗らかに笑う。
エイルとミツナはさらわれたイルージュを助け出してくれた。
ただそれだけではなく頬につけられた傷を治してイルージュの心も救ってくれた。
そのおかげでナデクロシが口にしたような疑いの一つも出ることはなく、赤いドレスに身を包んだイルージュはシュダルツ領地の人々にも受け入れられたのだ。
キリアンとしてもエイルとミツナには感謝していた。
「一つ提案がある」
「提案ですか?」
「ここに留まるつもりはないか?」
今回エイルとミツナを呼び出したのは感謝を伝えるためでもあるし、この話をするためでもあった。
「このままシュダルツに……君たちなら騎士待遇で、妻のイルージュのお付きとして雇われるつもりはないだろうか」
キリアンの提案とはエイルとミツナを雇いたいというものであった。
その気があるならイルージュの騎士として二人を引き留めたいと考えている。
「決して悪いようにはしない。イルージュも君たちを気に入っているし……どうだろうか?」
戦いにおける実力もあった。
護衛としても堅実に働き、イルージュ自身も今はもう二人に信頼を置いている。
悪くない話ではある。
騎士になれば生活は安定するしシュダルツはしばらく大きな戦闘に巻き込まれることもない。
さらにはイルージュお付きの騎士ともなれば大きな戦闘が起きても動員される可能性は低くなる。
行く先も決まっていないような流浪の冒険者の立場からしてみればあり得ないほどの高待遇である。
「ふむ……」
エイルは正直そこまで買ってもらっているとは思いもしなかった。
「私はエイルと一緒だよ」
悩ましげな表情を浮かべるエイルに比べてミツナはあっさりしていた。
特に騎士になるとか興味はない。
今はエイルと一緒にいられるのならそれでよかった。
エイルが話を受けて騎士になるならミツナもそうするし、断るならミツナも断るつもりである。
「……今はまだ居場所を探したいと思います」
少し悩んだエイルだったけれど断りの言葉を口にする。
「そうか」
シュダルツの地はエイルにとってまだミッドエルドの名前から抜け出すのに近すぎる。
まだ旅に出てさほど時間も経っていない。
心惹かれる提案ではあるけれど、まだ旅をしたいという思いもどこかにはあった。
「ん?」
一人なら話を受けていたかもしれない。
でも今は旅をしていることも悪くないと思える。
ミツナがいるからだろうと感じる。
エイルの視線にミツナは首を傾げた。
「無理に引き留めようとは思わない。君たちの判断を尊重するよ。もし旅を続けて……どこにも行く当てがなかったらここに来るといい。僕の提案はずっと有効だ」
「……ありがとうございます」
「いや、感謝するのはこちらの方だからね。次はどこに向かうのかな?」
「隣のウガチという国に」
「ウガチか……確かに今は人手がどこも不足している国だな。ここからだと国の真逆に行くことになるな。これを持っていくといい」
キリアンは封筒をエイルに差し出した。
「これは?」
「僕の名前で君たちの身元を保証する旨を書いてある。これがあればこの国の多くの場所で活動が楽になるはずだ」
領主による身元の保証をしてもらえることはかなり大きい。
冒険者としての身分はあるがそれだけでは怪しまれることも多く、このような身元保証はそうしたわずらわしさを取り払ってくれるのだ。
「お金は明日渡そう。そのまま明日出発してもいいし、残りたいならそのままいくらでもいてくれて構わない」
「では明日出発します」
「……さすがは判断が早いな。是非ともイルージュには挨拶をしてやってくれ」
「そうします。こちら、ありがとうございました」
「うむ。ぜひともここに来てほしいものだが……良い場所が見つかればいいとも願っている」
「ええ、俺たちは旅を続けます。良い場所が見つからなかったらその時はお願いします。けれども期待はしないでください。行こうか、ミツナ」
「うん。行こう!」
エイルとまた旅をできる。
ミツナの尻尾は無意識に振られていた。
二人の旅はまだまだ続く。
きっとどこかにヒーラーも神迷の獣人も穏やかに過ごせるところがあるはずだと探すのである。
ーーー第一章完ーーー




