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敗北者

「あの馬鹿者……何をしているのだ!」


 ギャルチビーの当主であるブザーノは机を殴りつける。

 いつまで経っても息子のナデクロシが帰ってこないことに対して苛立ちを抑えきれなかったのだ。


 ナデクロシの要望でイクレイとシュダルツの結婚を邪魔するために兵を出した。

 ブザーノとしても二つが結ばれると困るのでその時はナデクロシに乗ったが、不安はつのるばかりであった。


 シュダルツの兵を国境付近で引きつけてイクレイを襲撃する作戦で、現在魔物討伐に兵を割いているイクレイの兵力なら落としてしまえるはずであった。

 なのにイクレイを襲撃した兵は大敗した。


 どうやらシュダルツが浅知恵を働かせて援軍を出したらしくて多くのものが犠牲になった。

 それだけでも怒り心頭ものだが肝心の指揮をとっていたナデクロシの行方が分からないのだ。


 もし殺されていたら、あるいは仮に相手に捕まっているようなことがあれば最悪な事態である。


「やはりあいつを甘やかしたのは失敗だったか……」


 今回のことも本当なら成功するはずの作戦だったのに失敗した。

 ろくに現場での指揮も取れていないのが原因だろう。


 失敗した時のためにとギャルチビーの兵としての身分を捨てて挑んでくれた者たちに申し訳が立たない。


「ブザーノ様、シュダルツより手紙が届きました」


「シュダルツから手紙だと?」


 国境付近に兵を留まらせた抗議の手紙だろうかとブザーノはトレーに乗せられた手紙を手に取って開封する。


「ブ、ブザーノ様?」


 ブザーノの顔が青くなって、そして赤くなった。

 手紙を持ってきた執事はブザーノの感情の変化に恐怖を覚えてゆっくりと後ずさる。


「ああああああっ! あの愚か者が!」


 ブザーノは感情を抑えきれず近くにあったインクのビンを手に取ると壁に投げつけた。

 黒いインクが飛び散り、執事はびくりと体を震わせた。


 手紙の内容は抗議のものではなかった。

 むしろ感謝の言葉が書いてあった。


『この度我が婚約のために後継者たるご子息を祝いに寄越してくれたこと、深く感謝致す。

 ご子息についてはしばらく我がシュダルツ領に留まることになりました。

 どうやら妻と妻の両親も歓迎を受けたようでこちらも深く感謝しております。

 言葉のみならず祝いの品の一つでもあればより嬉しいことでしょう』


 内容は取るに足らないように思えるが裏に隠された意味が分からないほどブザーノもバカではない。

 ナデクロシはシュダルツ領に囚われている。


 今のところ返すつもりがないというのが手紙の内容である。

 襲撃もギャルチビーのものだと分かっているし非常に怒っているようだった。


 ただナデクロシを殺すつもりはなく代わりに金銭や物など身代金を支払えば返してやるかもしれないということなのである。


「祝いの名目でシュダルツに金を送れ……」


「ですが兵士の遺族に慰労金を……」


「ナデクロシの方が大事だ!」


 今ブザーノにはナデクロシしか後継者がいない。

 ここでナデクロシを失うわけにはいかなかった。


 死ねば諦めもついた。

 なのに生きて囚われては見捨てることもできない。


 今回名誉なき戦いに身を投じてくれた兵士や兵士の遺族に慰労金を出す予定だった。

 しかしナデクロシを解放してもらうためには身代金を払わねばならない。


「あのバカが集めていたコレクションを全部売れ」


 ナデクロシは剣好きで高い剣を集めていた。

 もはやそんな物持っているだけ無駄だとブザーノは激昂している。


「イクレイにも祝いの品を贈るんだ……」


 ブザーノは頭を抱えた。

 今回の失敗はあまりにも大きい。


 結婚によってイクレイとシュダルツの結束は強くなるだろう。

 さらに襲撃を乗り越えたことでより結びつきは強くなる。


 ギャルチビーが失ったものも大きい。

 体面上襲撃させた兵士はギャルチビーのものではないとしらを切るしかないので抗議もできない。


「モトマが生きていれば……」


 ブザーノは椅子に座って深いため息をついた。

 ナデクロシとモトマの確執は分かっていた。


 しかしモトマが亡くなってからナデクロシの尊大さは冗長することになった。

 モトマを手にかけた時に厳しくすべきだったのかもしれない。


 しかしブザーノは兄弟間で命を取り合うような争いが起きたことを外に知られることを恐れて全てを知らないフリをした。

 全部が悪手であったと今更後悔する。


 ただ今後悔しても遅かった。


「ギャルチビーは終わりかもしれないな」


 スーッと怒りが引いていく。

 すると諦めに近い感情が残る。


 手紙の内容からすれば大事にするつもりはなさそうなことだけが救いだった。

 しかしナデクロシの件からどれほどのものを引き出されるのか想像もつかない。


「この際殺してくれればよかったものを……シュダルツの方が後継者の頭も良さそうだ」


 ブザーノはゆっくりと首を振った。

 やったことの責任を考えれば国際問題にすることもナデクロシを処刑することもできた。


 なのに殺さないでナデクロシを利用することを選んだ。

 非常に理性的に物事を捉えている。


 イクレイとシュダルツを飲み込み、ただの地方領主から飛躍する時を掴むと夢見てきたのに全てが無駄になった。


「相手の被害は?」


「かなり大きなものとなっております。イクレイの夫人は片腕を失ったとか」


「あいつの片腕を切り落として送りつければ少しは気が晴れるだろうか……」


「そ、それは……」


「金では足りないな……かき集められるものを全てリストアップしろ。和平も考える……無事に向こうがナデクロシを返してくれたらしばらく田舎に送れ。私の目に届くところに置いておいたら私が殺してしまう……!」


 自分の息子のことを考えると怒りが湧いてくるので何を送ればシュダルツとイクレイは満足するのかということを考え始めた。

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