愛のためなら2
「また足止めか!」
距離が開いてしまったのでさっさと追いつきたいのにまた邪魔が入る。
「くっ!」
「エイル!」
「大丈夫だ!」
エイルの方も多少焦って攻撃を急いでしまった。
いつもなら受けなかっただろう反撃をかわしきれずに頬を浅く切り裂かれてしまう。
代わりにエイルも一撃を加えていたのでヒールする。
一瞬ヒールが強すぎたかもしれないと思ったけれど相手を殺すことなく気絶で済ますことができた。
戦場である以上人が死ぬことは仕方ない。
命を奪うことも必要なのは分かっているけど染みついた性分はなかなか変えられないのである。
「エイル、大丈夫!?」
「もちろんだ」
エイルが手の甲で頬を拭うともう傷は無くなっていた。
「私に怪我しないでって言うならエイルも怪我しないで」
「分かったよ。少し焦りすぎたな」
怒った顔のミツナに詰められてエイルは反省する。
多少怪我してもいいから早く倒して追いかけなきゃと急ぎすぎた。
「悪かった」
「反省してるならいいけど」
怒っているけれど心配もしてくれていることはミツナの目を見れば分かる。
「すっかり姿は見えなくなってしまったな……」
足止めされている間にイルージュを見失ってしまった。
「……ミツナ、追えるか?」
「うん、いけるよ」
「追いかけよう。あいつらが何をするか分からない」
見失ったけれどエイルとミツナには秘策があった。
「イルージュさんを取り戻すぞ」
ーーーーー
「うっ……」
イルージュが目を覚ますと椅子に縛り付けられていた。
頭の後ろがズキリと痛む。
気絶させれていたのだが顔を殴られなくてよかったと思った。
「ここは……」
「起きたか?」
「あなたは……」
自分の置かれた状況を見定めようと顔を上げると薄暗い小屋の中で、イルージュの他にも数人の男たちがいた。
一人はイルージュも顔を知っている。
ギャルチビーの現当主の息子であるナデクロシだった。
ニタニタと笑って気色が悪いとイルージュはナデクロシの顔を見て眉をひそめた。
「ここはギャルチビーの領地に入ったところだ」
「どうしてこんなことを」
「お前らに手を組まれたら困るからな。それに……あんな男じゃなくて俺の方を選んだ方が何倍もいい」
「なんですって?」
「お前は顔が良い。お前が俺のものになるならイクレイには手を出さずにいてやる」
ナデクロシは今回の作戦に自ら進んで参加した。
けれどもそれは自分の領地の利益を考えてのことだけじゃなかった。
かなりの部分私利私欲の側面もあった。
イルージュの美しさはギャルチビーでも有名である。
それこそナデクロシがイルージュのことを欲しいと思うほどに。
囚われた姿も美しく、自分を睨みつける姿すら美しい。
シュダルツにくれてやるにはあまりに惜しい。
「拒否したらどうするつもりですか?」
「……ふん。このまま連れ去ってもいい。一生監禁して楽しむんだ」
「……クズめ」
イルージュは思わず顔を歪める。
ナデクロシなら本当にそんなことをやりかねない。
思わず本音が口から漏れてしまう。
「ふはは、嫌われるのは困るな。解放してやってもいい。しかし少しばかりここにいてもらう」
「……なぜ?」
少し監禁して解放するというのだがその理由がわからない。
親切心で解放なんかしないだろう。
「簡単だよ。結婚式に間に合わないさらわれた花嫁。仮に解放されたとして身は清いままだろうか?」
「…………なんですって?」
「今時結婚するまで清らかでいることの方が珍しいが結婚前に誘拐された花嫁の身がキレイかどうか人は不安に思うだろうな。頭の固いやつなら耐えられないかもしれない」
「あなた私に手を出すつもりなのですか!」
「ふふふ、出してもいいし出さなくてもいいんだ。たとえお前が何もなかったといっても数日帰ってこなかった娘がどんな目に遭うか想像だけでも人は苦しむだろう。もしかしたら……お前は家に返されるかもしれないな」
「…………この、卑怯者!」
汚された花嫁。
誘拐されてしまっただけでも危ういのに結婚式に間に合うこともなければ人々は噂を立てるだろう。
あることないこと好き勝手に口にする。
そんな中でイルージュが誘拐犯によって汚されたと噂になったらどうだろうか。
気にしない、信じないと言い切れる人は少ない。
もし仮に近く子供ができれば本当に自分の子なのか疑うこともあるだろう。
考えの古い人や頭の固い人の中にはそんな花嫁ふさわしくないと言う人もいるかもしれない。
本当に手を出したかどうかなどどうでもいいのだ。
噂は止められない。
イルージュを巡ってシュダルツの内部が分裂する事態にだってなりうる。
そうなる前に離縁してしまうことも一つの方策となる。
イルージュの顔が青くなった。
ただ誘拐されただけなどイルージュが主張しても信じてくれる人はいないだろう。
かなりまずい状況にあることを痛感する。
「ただ……」
ナデクロシは卑下た笑みを浮かべる。
「俺は手を出さないなんて紳士的なことするつもりはないがな」
「な、何をするつもり……」
ナデクロシ以外の男たちが小屋を出ていく。
「噂で終わらせるつもりはないんだよ」
ナデクロシが腰に差した剣を外して投げ捨てるように壁に立てかけた。




