愛を守れ3
「ここからはより一層警戒するぞ!」
ブラチアーノが兵士たちに声をかける。
ここからの道はイクレイ寮、シュダルツ領、ギャルチビー領の三つが接する場所に近く、シュダルツ領に入っていくことになる。
狙うならここだろうとブラチアーノは考えていた。
領内であれば兵を動かしても誰にも文句は言わせない。
国境線ギリギリまで兵を動かして何かをするのにもちょうどいい場所である。
シュダルツ領に入ってしまえば目的地までは近いので邪魔する最後のチャンスでもあった。
警戒を高めつつも速度は維持して進む。
「森の中か……厄介だな」
地図上でも攻撃される可能性が高い場所なのだが周りの地理的環境を見ても攻撃される可能性がありそうだとエイルは思った。
今通っている道は森の中にあった。
かなり鬱蒼とした森で、視界が悪い。
道幅も狭くて移動の隊列が長く伸びやすくなっている。
襲撃するなら今がベストだろう。
「ミツナ、少し馬車に近寄るぞ」
嫌な予感がする。
エイルはミツナとイルージュとエリオーラの乗る馬車に近付いておく。
警戒が強まっていることを察してからエリオーラも窓から周りの粗を探すことはやめている。
窓から見えにくい所にいる分には大丈夫だ。
「アレは持ってるな?」
「うん、持ってるけど……使うことあるのかな?」
「分からない……だけど念のためにな」
「襲撃だ!」
何事もなければいい。
そんな思い虚しく、先を行く兵士の声が響き渡った。
「守備陣形を取れ! イルージュだけは何としても守るんだ!」
ブラチアーノが指示を飛ばして兵士たちが馬車の周りを囲む。
「森の中から何かが来るぞ!」
狭い道の中で兵士たちが集まりきれていない。
そんな中で森の中からローブを着た何者かが迫ってきていた。
「……もはや手段も問わぬか」
ブラチアーノは顔をしかめる。
おそらく相手はギャルチビーの兵士だろう。
目立つ鎧や身分の分かるものは置いてあたかも山賊を装って襲撃してきている。
身分が分からない以上死ねば兵士ではなくただの浮浪者として処理される。
兵士たちもそれを分かっているだろうに戦いに身を投じているのだ。
何がそこまで彼らを駆り立てるのかブラチアーノには分からなかった。
「領主様をお守りせよ!」
イクレイの兵士とギャルチビーの兵士が衝突する。
「行かないの?」
「俺らの目的は護衛だ。敵を倒すことじゃないからな」
エイルはイルージュとエリオーラが乗った馬車の近くに留まった。
戦いに行かないのかとミツナは首を傾げるけれど、エイルたちの目的はイルージュを守ることであって敵を倒しにいくことではない。
まだ何があるか分からない以上馬車のそばを離れることはないのである。
「前方と後方からも攻められています!」
「くっ……あまり良くないな」
完全に固まりきることができないまま乱戦になってしまった。
「……押されてるな」
戦況を見てエイルは顔をしかめる。
イクレイの兵士たちがやや劣勢の状況にある。
昔から三つの領地の中で一番強いのがギャルチビーであった。
大きな川が流れているために農耕が盛んで金銭的な余裕がある。
兵士に対しても惜しみなくお金を投資して正面衝突ならイクレイもシュダルツも敵わない。
三つ巴の状況が何とかギャルチビーを押し留めていたのである。
今は混迷極める状況である。
隊列が伸びたところに前方と後方、そして真ん中の三つに分かれて襲撃されている。
前方と真ん中は兵士が多く何とかまとまろうとしているが、後方は雇った冒険者も多くてうまく機能していない。
「……前進だ! このまま先に進んでウィルア草原に出る!」
難しい判断だがブラチアーノは前に進むことを選んだ。
このままダラダラと戦って包囲されてしまえばそれこそうつ手がなくなる。
もう少し進めば森が開けて草原に出る。
ギャルチビーが兵力を国境付近に置いてシュダルツの目を引きつけているのなら今襲撃している人員が動員できる最大だろう。
先の草原まで進んでも罠はないはずだと考えた。
この状況を突破して体制を整える。
無理なら自分は残って戦い、イルージュだけでも逃がそうとブラチアーノは指示を飛ばす。
後方の冒険者たちは見捨てることになる。
しかししょうがない判断ではある。
ギャルチビーのことに気が付かず後方に配置されていたら危なかったかもしれないとエイルは思った。
「はっ!」
相手の兵士も馬車まで近づいてくる者が出始めた。
ただ無理に近づいても上手くいくはずもなく、ミツナや他の兵士の攻撃を受けて相手は倒れる。
「前へ進め!」
ブラチアーノの指示通りに隊列が前に進み始めた。
やはり後方の動きは鈍いけれども気にかけている余裕はない。
ブラチアーノ本人も前方に向かって打開を目指す。
しかしそうしている間にもどんどんとイクレイ側は押されていっていた。
「お嬢様方に敵を近づけるな!」
もどかしいなとエイルは思った。
ヒールが使えたなら。
痛みを伴わずみんなを治すことができたなら状況を打開することも可能だったろうと思わざるを得ない。




