愛を守れ2
「白い花が咲いた……俺は花に詳しくないからなんの花か知らないのだが、その年はとにかく白い花がよく咲いた。だから庭師を呼んで綺麗に整えようとしたんだ。そしたら来たのはいつものとは違う庭師でな。体調が悪いから代わりに来たと」
ブラチアーノは感情を押し殺すように淡々とした口調で語る。
「対応したのは妻だった。特に疑うこともしないで中に入れたそうだ。だが代わりの庭師は……偽物だった」
「偽物?」
「その庭師の正体は刺客だった。ギャルチビーが雇った殺し屋だったのだ」
「こ、殺し屋!?」
「そうだ。噂を正当化し、ありもしない復讐を成し遂げようと殺し屋はエリオーラと……オレイオスに襲いかかった」
平静を保とうとしているブラチアーノだったが、声がわずかに震えてしまっていた。
「勇敢な子だった……オレイオスは母親であるエリオーラを守って死んだ……」
花がどうなるのかとエリオーラとオレイオスは庭に出ていた。
そして殺し屋が狙ったのはエリオーラの方だったのだが、オレイオスはとっさに身をていして母親を守ったのだ。
すぐさま殺し屋は兵士に捕えられ、オレイオスを治療しようと医者を呼んだのだが遅かった。
オレイオスは治療の甲斐もなく亡くなってしまった。
「このことがエリオーラを変えた……まず彼女は簡単に人を信じなくなった。そしてどんな些細なことでも兵士たちの仕事に穴があると呼び出して叱責した。おそらく彼女は自責の念に駆られているのだ」
ブラチアーノはうなだれると手で目を覆う。
泣いているわけではないだろうが、内心では涙を流しているのかもしれない。
「あの時自分がもっと確かめていれば、兵に指示しておけばとな。自分がもっとちゃんとしていればオレイオスは亡くならなかったかもしれないと彼女は全てにおいて口を出すようになった。花のような彼女はどこかに行き、イクレイ家は万全の備えをした家となったのだ」
「そんなことが……」
「今思えばイルージュもあの頃からより内向的になったのかもしれない……そして、今はさらに輪をかけてエリオーラはキツくなっている。きっと不安なのだ」
「不安……?」
「手塩にかけて育てた愛娘がこれまで敵対関係にあった隣国の領地に嫁に行くのだ。何か間違って四角い箱に入れられて悲しい帰郷を成し遂げるとも限らないのだよ」
つまりシュダルツ領で死んでしまうことだってあり得ないことではないというのである。
結婚相手が良い人だとまだエリオーラには確証が持てない。
よそからきた嫁がいびられたり慣れない土地での心労だってある。
内向的なエリオーラが耐えられるのかそれもまた心配なのだ。
「少しでもイルージュの負担を減らしたいのだろう。だから周りの冒険者は信頼せず、兵士たちにもキツく当たるのだ」
「……ミツナ、分かったか?」
「う、うん……変なこと聞いてごめんなさい……」
「いいんだ。勝手に話したのは私の方だからな。いつか……彼女が自分の罪を許して、以前の彼女に戻ってくれることを願っている」
空を見上げたブラチアーノは泣いていないのだけど泣いているようにも見えた。
「人の事情を聞くってことはああした話も出てくるもんだ」
「うん……今後は気をつける」
天真爛漫なところもミツナの良いところではある。
しかし時と場合を選ばねばいけない時もある。
一人にして欲しいというのでイルージュが眠る馬車に駆けつけられるようなところまで離れた。
「でも辛い話だね」
「そうだな」
流石のミツナも少し反省した。
エリオーラがあまりにも傍若無人であったために軽く聞いてしまったが、その裏には悲しい事情があったのだった。
今エリオーラは自分を自分で罰しているのだ。
愛した息子を死なせてしまった自分を罰して周りにもキツく当たっている。
それが正しいことだとは言えない。
しかし同じ傷を持つブラチアーノが何も言わないのなら周りの人に何が言えるだろうか。
「体の傷は治せても心の傷はヒールじゃ治せない。このことはイクレイ家全体の問題で、彼らが自分で乗り越えるしかないんだ」
エリオーラにも多少の同情はできる。
だがたとえヒールが使えようとも心に負った傷までは治せないのだ。
心の痛みは刺さった棘のように痛む。
自分で抜かねばいつまでも刺さったままになる。
ブラチアーノはエリオーラが変わってしまったというが、それをただ見ているだけのブラチアーノもどこかで変わってしまったのかもしれない。
「とりあえず仕事続けることに異論はないな?」
「……まだ気に入らないけどイルージュは守ってあげる」
たとえ心に傷抱えていようとも見下したような態度は気に入らない。
しかし大なり小なり同情できるところはあるのだからイルージュを守ることは続けてあげようとミツナも思った。
「それでいいさ。俺たちはただ仕事をしよう。何事もなければただこのまま馬車に付き添えばいいんだし」
何事もないだろうか。
そんな思いはありつつも話も聞いてしまったのだから仕事は完遂しようとエイルも思ったのだった。
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