きな臭さの正体1
「失礼します。少しお時間よろしいですか?」
まだ待ち受けている相手がいたり、戦いの血の匂いを嗅ぎつけて魔物が集まってくるかもしれない。
襲撃された場所からだいぶ移動して野営をすることになった。
エリオーラが馬車で就寝したタイミングを狙ってエイルはブラチアーノを訪ねた。
ミツナもエリオーラがいないならと静かにエイルの隣にいる。
「なんでしょうか?」
焚き火からエイルに視線を移してブラチアーノはにっこりと笑顔を浮かべる。
すでにイルージュも馬車で寝ていて周りには警戒のための兵士が数人いる。
「今回の依頼について私たちが聞いておくべきことはありませんか?」
少し遠回しにエイルは質問をぶつけた。
ずっと感じていた違和感が襲撃によってさらに深くなった。
依頼というのは金銭も大事だが信頼関係もまた大事である。
信頼できない人のために命を投げ出すような真似はできないのである。
仮にブラチアーノが何かを隠しているのならエイルはこの仕事を途中で降りることも考えていた。
「聞いておくべきこととは?」
「あの山賊たち、ただの山賊ではない……いや、山賊に山賊じゃない人たちが混ざっていました」
どう言うのが正しいのかエイルにもわからない。
「どういうことですか?」
「山賊にしては剣術をしっかり学んだような実力のある人たちがいました。それだけなら特に疑問にも思いませんが実力のある人たちは綺麗だったんです」
「綺麗?」
「全部がです」
戦いが終わったあとエイルは死体を確認した。
顔を覆っていた布を剥ぎ取ってどんな状態なのかを観察しておいたのである。
「一般論でいえば山賊はあまり身なりに気を使いません。髭をあまり剃らず体を洗うことも少ない。先に倒された弱い人たちはそんな感じの身なりをしていました」
先に倒れた弱い連中は髭が伸び放題だったり肌がガサガサとしていた。
近づけば少し臭っているような人までいた。
「対して強い人たちは綺麗だったんです。髭は生えていないし肌もツヤツヤとしていた。体は臭っていないし……特に歯が綺麗だったんです」
最後まで残っていた強い山賊は弱い山賊に比べて身なりが綺麗だった。
しっかり髭を剃っているし肌の手入れもされている。
臭い人はいなかったし、何より歯が綺麗だった。
ミツナは何をしているんだと顔をしかめて見ていたがエイルはわざわざ死体の歯も確認していた。
弱い山賊たちの歯はボロボロだった。
きっと手入れなどしないで好きに酒を飲んだりしているせいだろう。
それなのに強い山賊は歯も綺麗だった。
あくまでも一般論に過ぎないがよくいる山賊の姿とは大きく異なっていた。
「剣術も上手いものでした。どこかで学んだようなしっかりしたもの……それこそ訓練を受けた兵士のようにも思えます」
エイルはじっとブラチアーノのことを見つめる。
返答次第ではこの仕事はここまでである。
たとえ報酬が良くとも信頼できないのならエイルは仕事をしない。
「……君は頭も良いのだね。冒険者にしておくにはもったいないぐらいだ」
ブラチアーノは寂しげに微笑んだ。
「……隣に座るといい」
「失礼します」
エイルがブラチアーノの隣に座り、エイルの隣にミツナが座る。
「君のいう通りあの山賊には山賊ではない者が混じっていた」
焚き火に視線を向けたブラチアーノはゆっくりと口を開いた。
「何者なんですか?」
「確実なことは言えないが……おそらくギャルチビーの連中だろう」
「ギャルチビー?」
「隣国の連中だ」
「隣国……ってこれから行く?」
「いいや違う」
ミツナの言葉にブラチアーノは首を横に振って否定した。
これから嫁に行くところが襲いかかってくるなど酷い話だと思ったが違うようである。
「イクレイ領は二つの国と国境を接している。ノリナトのシュダルツ領、それにワルキロウのギャルチビー領だ。昔から私たちイクレイを含めてこの三つの領地は仲が悪かった。兵力による小競り合いも絶えず、互いに睨み合っている状態が続いているのだ」
イクレイ、シュダルツ、ギャルチビーは国境を接していてそれぞれ仲が悪い。
これまで戦争にこそならなかったが小さな衝突は何度も起こっていた。
仲の悪さはその時によってまちまちであるが基本的に悪いことに変わりはない。
「今現在はシュダルツとギャルチビーが非常に仲が悪い。そしてイクレイは二つの睨み合いに干渉することなく傍観している立場だった。だがそんな三つ巴の関係に大きな変化が起きようとしている」
「イルージュ嬢の結婚ですね?」
「その通りだ」
今エイルたちが向かっているのはシュダルツ領であった。
つまりイルージュはシュダルツに嫁入りするのだ。
となると話は見えてきた。
「イクレイとシュダルツが婚姻で結ばれればギャルチビーは窮地に追いやられるのですね」
娘が結婚した相手なのだから敵対するわけにはいかない。
普通に考えればイクレイとシュダルツはこれから手を組むことになる。
そうなってしまうとイクレイはシュダルツ側に肩入れするだろう。
ギャルチビーはこれまで保ってきた微妙なバランスが崩れてしまうことを危惧しているのだ。




