きな臭い襲撃1
「何事もなければこれも割の良い仕事になりそうだな」
数日が過ぎ、エイルとミツナはイクレイ家の護衛として帯同する依頼を遂行することになった。
ブラチアーノとイルージュだけではなくブラチアーノの妻であるエリオーラも含めた三人を護衛する。
ただエイルとミツナだけではなくイクレイ家で雇っている兵士もいるので二人がやることは少ない。
食事の準備はしてくれるし夜の見張りも基本的に兵士が行う。
楽なのは楽なのだが、あまり信頼されていないといえばそうとも言える。
「あの女嫌い……」
「まあ、向こうの態度が悪いもんな」
ブラチアーノとイルージュはミツナに対してあまり偏見を出した態度を取らないのだが、エリオーラは違っていた。
初見で神迷の獣人であるミツナのことをジロジロと見たと思ったら本当に大丈夫なのかとエイルとミツナの前でブラチアーノに聞く始末だった。
ブラチアーノは苦笑いを浮かべて後にこっそりと謝罪してきたのだが、当人が謝ることはない。
ブラチアーノの態度の方が良いもので、エリオーラの態度の方が普通のなのかもしれない。
拗ねて嫌いだと口にするだけミツナも強くなっている。
ブラチアーノは他にも信頼できる冒険者を雇って護衛の人数を増やしているが、やはり神迷の獣人だからだろうかエイルとミツナは少し他の人たちからも浮いた存在になっていた。
最後尾からゆったりと歩いてついていけばいいのでエイルとしてはかなり気が楽だった。
「しかし少しおかしいな……」
「何が?」
「護衛が多いと思ってな」
パッと見た感じでは兵士でも十分な数がいるようにエイルには思えていた。
魔物の討伐に実力者が出て、護衛についた兵士に不安があるとしても少し心配性な気がしてならない。
大事な娘を守るためなら金も惜しまないというのは理解できる。
それでもエイルを含めた冒険者も数に入れると十分すぎるぐらいの護衛がいる。
護衛依頼を提案してくれたことはありがたいがエリオーラのミツナに対する態度だって予見できただろう。
わざわざエイルたちに依頼することもなかったはずだ。
「なんだか嫌な予感がするってこと?」
「そこまでじゃないけどな」
嫌な予感と言われればそうかもしれないが、今は単に違和感のようなものを感じるというぐらいである。
「本当にヤバいことになったら……」
「なったら?」
「逃げちゃおう」
エイルはイタズラっぽく笑った。
「い、いいのか?」
「あんまり良くはないけど大事なのは自分の命、だからな」
ブラチアーノからの依頼はあくまでも個人からの依頼である。
冒険者ギルドを通した公式なものではなく、依頼失敗でもブラチアーノからの評価が下がるに過ぎない。
イクレイ家が支配する領地周辺で活動することは難しくなるだろうが、そもそもそんなところで活動するつもりはないのだから失敗してもエイルたちに痛手なことはないである。
実際何もないのに仕事を放棄することはない。
ただ何かが起きて最悪の事態になりそうなら逃げることも考えておくべきである。
どんな不名誉を被ろうとも命があることに代えられないとというのがエイルの信条だ。
「まあ何もなければ美味しい仕事……」
「山賊だ!」
「守備陣形を取るんだ!」
何事もないようなら逃げることもない。
そんなことを考えていたら前の方が騒がしくなった。
一番後ろのエイルとミツナまで情報は回ってこないが漏れ聞こえてくる声からすると山賊が現れたようである。
兵士や冒険者が護衛する馬車を狙うことは珍しい話ではない。
それだけの人が守っているということは裏を返せばお金を持っている可能性があるということだからだ。
「……どうやら戦いが始まったようだな」
戦わないだろうと思っていたのに案外あっさりと戦い始める声が聞こえてきてエイルは驚いた。
以前護衛で出会った山賊もそうだが幾らかの金を要求して戦わずに済ますことがほとんどである。
無駄に抵抗しない限り金を払えば安全に話は終わるので今回もそうだろうと思っていた。
冒険者まで雇うのだ、無駄な戦いは避けて安全にお金を渡すはずなのにどうして戦いになっているのかエイルには不思議でしょうがなかった。
「エイル!」
「おっと?」
どこかに隠れていたのか後ろの方からも山賊が迫っていた。
「割と綺麗な身なり……顔も隠してるな」
山賊を見てエイルはまた違和感を感じた。
全ての山賊がそうであるわけじゃないけれど、山賊という奴はあまり綺麗な格好をしていないことが多い。
何日も着古したようなヨレヨレの服を着て髭が伸び放題の顔を堂々と晒していたりする。
しかしこっそりと近づいてきた連中は黒っぽい小綺麗な服装に顔も黒い布で目から下を隠している。
山賊というより暗殺者のようだとエイルには感じられた。
「皆さん敵です!」
エイルが後方を守る冒険者たちに声をかける。
何かを考えるのは後回しだ。
山賊たちは殺気を放ってエイルたちに向かってきているので今は身を守らねばならない。
戦いとなれば神迷の獣人がとは言ってられない。
後方に配置されているのは冒険者が多く、みんなで固まるようにして山賊の動きを警戒する。




