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逆転の発想1

「それでこれからなんだけど……この町からは離れようと思う」


 ミツナに会っていようと会っていなかろうとエイルはこの町を離れることを決めていた。

 かつての仲間たちの存在はあまりにも大きい。


 再び冒険者として活動するにも枷が大きすぎるのである。

 どこかもっと落ち着けるところを探してやり直そうと考えていた。


「冒険者をやるのか?」


「当分はそのつもりだ」


「当分?」


「金もないしな……何かを始めるには元手が必要だ。ミツナもいるしな」


 色々と勢いで決まった関係ではあるけれど、一緒にいると決めた以上はしっかりとミツナのことも考えるつもりはエイルにあった。


「何かを始めるつもりがあるのか?」


 ミツナはエイルの言葉を聞いてそんなに冒険者を続けるつもりもなさそうな気配を感じた。


「薬屋でもやろうかなと思ったんだ。ヒーラーとしてやってくのに師匠から色々学んだ。薬とか毒とか色々知識があるんだよ。それを活かして薬でも使って売ろうかなと思ってな」


 薬ならば痛みは伴わない。

 近くに薬を作れる人もいないところも多いので上手く場所を見つけられれば食うに困らないぐらい稼げるはずだと酔いながら考えていた。


 ただ薬屋をやるのにも色々と必要なものは多い。

 お店、製薬の道具、薬の材料と必要なものを揃えようとしたら多くのお金がいる。


 しばらくはいい場所を探しながら冒険者としてお金を稼ぐしかない。


「こんな感じが俺の今後計画だけど……どうだ?」


「いいと思う。やりたいことがあって、やれることがあって、いいと思う」


「しばらくは移動しながらだから大変になるかもしれないぞ?」


「お前は私に希望をくれた。誇りを失って、腕も目もない中で一生を生きていかねばならないところを助けてくれた。エイルがいくなら私もいく」


「……うん、ありがとう」


 ミツナにとっては単なる恩返しなのかもしれない。

 けれどそれでもついてきてくれる人がいるというのは心強いものだなとエイルは思った。


「それじゃあまずは必要なものを揃えよう」


 町を出て、どこかに行くということだけは決まった。

 どこへ行くのかは決まっていないけど町を出て旅をするのだから準備が必要となった。


 エイルは冒険者なのでそれほど多くのものを追加で準備する必要はなかったけれどもミツナは奴隷であり何も持っていない。

 一から全てのものを用意する必要があったのだ。


「見ろよ……」


「ああ……」


 冒険者ギルドの前に立つミツナはヒソヒソと聞こえてくる声に苛立った視線を向ける。

 これだから人間は嫌いだと思った。


 ミツナの手足は毛で覆われている。

 全身でもなく手足なので目立つし、神迷の獣人だと一目でわかる。


 どうせなら全身に毛が生えていればよかったのにと思ってしまうが、神迷の獣人には神迷の獣人なりのプライドがある。

 獣人も半獣人もバカにはしないのに神迷の獣人だけバカにするのも気に入らない。


 中には獣人全体を嫌っている人もいるが、今現在多くの人は獣人を見下したりしない。

 なのに神迷の獣人はバカにされる。


 おそらく獣人が神迷の獣人のことを認めていないから人間もそうなのだが、ミツナからしてみると納得がいかないのだ。

 獣人の中で立ち位置が微妙であるということは認める。


 それでもバカにされるいわれなんてない。

 ただ獣人が獣人という広い同じ枠の中で神迷の獣人は何かが違うから何かを言われることにある程度理解は示す。

 

 一方で人間が獣人の中でも神迷の獣人だけを表立ってバカにするのは非常に気に入らない。


「なんでこんなところに半端者がいるんだ?」


 まだバカにされてるだけならいいかもしれない。

 そんな風に思っているととうとうミツナに絡んでくる輩が出てきた。


 半端者とは獣人の間でも獣人と半獣人の間に位置する神迷の獣人のことを指す差別的な言葉である。

 つまりミツナのことを言っているのだ。

 

 こんなところにいたっていいだろうとミツナはいかにもバカっぽい顔をした男たちのことを無視する。


「あ? 無視すんのかよ?」


 ミツナがなんの反応も見せないことに男は苛立った様子を見せた。


「なんでこんなところに突っ立ってるんだ?」


 ただ無視する。

 どんな反応を見せたとしても相手が引き下がることはないとミツナは知っているからだ。


「無視すんなよ!」


「うっ!」


 一人の男がミツナの肩を強く押す。

 周りにいる人は遠巻きに見ているだけで助けてくれるような様子などない。


「なんだその目は?」


 エイルに迷惑がかかるからやらないけれど、許されるなら押してきた手を噛みちぎってやるのにとミツナはやや歯を剥き出して威嚇する。


「なんでこんないるんだよ、迷子か?」


「仲間に捨てられたのかもしれないな」


 男たちが笑う。

 ミツナは悔しくて握りしめた拳の爪が手のひらに刺さって血が流れる。


「はぁ……その目気に入らないな!」


 睨みつけるようなミツナの目に苛立った男が手を振り上げる。


「おい、やめろ!」


「あっ?」


 エイルが冒険者ギルドから出てきた。

 ミツナが絡まれているのを見て険しい表情を浮かべてミツナを叩こうとした手を掴む。


「お前……エイルじゃないか?」


「エイル? ああ、あのクビになった」


 男はエイルの顔を見ると鼻で笑った。

 エイルがミッドエルドをクビになったことはだいぶ話が広まっていた。


 有名パーティーをクビになったヒーラーなどいい笑いのネタでしかない。


「クビにされたヒーラーが半端者をどうして守る?」


「まさかこいつと組んだのか?」


「こりゃお似合いだな!」


 エイルのことを正面からバカにして男たちはケラケラと笑う。


「いいから、どっかいけ!」


「くっ……」


 エイルが手に力を込めると男は顔をしかめた。

 ヒーラーのくせに思ったよりも力が強く、掴まれた腕に痛みが走る。


「お前こそ……放せよ!」


 痛みに顔をしかめた男は掴まれた腕を引き寄せてエイルを殴りつけようとした。


「なっ……」


 エイルは男の拳を掴むように受け止めた。

 ヒーラーなんてケンカのケの字も知らないような奴らなのに拳を止められて男は驚いた。


 体に力を入れて手を振り払おうとするけれど掴まれた腕も拳も微動だにしない。

 パッとエイルが手を放すと体に力を入れていた男は後ろに倒れてしまいそうにふらついた。

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