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第4話 少女の名前

 朝の静けさが、部屋の中に漂っていた。

 私は壁の隅に座り、男――カイルの動きを静かに観察していた。


 彼は朝に、私を見つめながら言った。


「お前を育てて、高く売る。」


 その言葉は、耳の奥で何度も反響している。私は静かに驚いていた。奴隷を買ったばかりの男が何をするかと思えば育てて売るときた。この男やる事も変だなと思うしかなかった。ただ、育てるという事は数年の猶予が出来たと考えて良い。これからどんな事になるか分からないが、前の暮らしより良いことを願うばかりだ。


 けれど――

 その言葉の奥に、何か別の感情が混ざっていたのを、私は感じ取っていた。

 躊躇い。

 彼は本当に、私をただの商品として扱いきれるのだろうか。


 カイルはまだ寝ぼけたまま、頭を掻きながら立ち上がると、机の上に散らばった工具や部品に目をやった。そこには、見慣れない形の金属片や、不思議な光を帯びた石が無造作に置かれている。


 ――魔法具。


 私はそれが何であるか、すぐに理解した。魔法を込めた道具はこの世界の至る所で使われている。火を灯すランプや、自動で水を汲む壺、簡単な治癒を施す腕輪など、種類は多岐に渡る。だが、それらは精巧で壊れやすく、修理には専門的な技術が必要だ。


 カイルは、そうした魔法具の修理工だった。

 けれど、その姿は職人というよりも、だらしない生活に埋もれた男にしか見えなかった。


「……ったく、また動かねぇのかよ……」


 彼は机の上の魔法具を手に取り、不満げに呟いた。どうやら昨日のうちに依頼された仕事らしい。魔法具の内部を覗き込みながら、錆びた工具で細かい部分をいじり始める。


 その姿は、さっきまでの酔っ払いとはまるで別人だった。

 目は鋭く、手つきは無駄がない。

 ――あれ?


 思わずじっと見つめてしまう。酔っている時はただのクズに見えた男が、魔法具に向き合う時だけは、確かに職人の顔をしていた。


 しばらくして、彼は魔法具の中の小さな魔石を取り出すと、それを慎重に磨き始めた。石が淡い光を放ち始めた時、私は微かに息を呑んだ。


「お、見てやがったな?」


 突然声をかけられて、私は一瞬だけ目を逸らした。でもすぐにまた彼を見つめ返す。何も言わない。何も答えない。


 カイルはふっと笑って、魔法具を机に放り投げた。


「ま、無口な方が楽でいいけどな。」


 そう言いながら、彼は棚の上にある紙束――おそらく請求書だろう――をめくり始めた。その顔はどこか疲れているようで、でも妙に落ち着いてもいた。


 彼の生活は決して裕福ではないことが、一目で分かった。

 貧しくはない。でも、余裕もない。

 そして、それが彼の性格を作っているのだろう。適当に生きているようで、実は必要なことはちゃんとこなす。借金を作るが、必ず返してはいるようだ。


 私はその姿を見ながら、ふと疑問に思った。


 ――どうして私を買ったの?


 奴隷を買う余裕なんて、この男にはないはずだ。

 それなのに、なぜ……?


 夜になった。

 カイルは仕事を終え、机の上に散らばった工具を片付けると、大きく伸びをした。


「ふぅ……。今日もロクな稼ぎにならなかったな……。」


 そう呟いて、棚の上に置いてあった安酒の瓶を取り出す。私はその動作をじっと見つめていた。酔って私を買った男が、また酒を飲もうとしている。


 彼はコップに酒を注ぎ、一口飲んだところで、ふとこちらに目を向けた。


「おい、お前。……名前は?」


 私は一瞬だけ戸惑った。名前を聞かれるとは思っていなかったから。奴隷として売られるとき、名前なんて重要じゃない。ただの商品として扱われるだけ。


 けれど、彼の目は真剣だった。


 少しだけ、唇を動かしてみる。声を出すことに慣れていない。だから、小さな声で――


「……リィナ。」


 自分の声が、部屋の中に静かに響いた。


 カイルは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニヤリと笑った。


「リィナ、か。……まあ、悪くねぇ名前だな。」


 その言葉を聞いて、私は少しだけ心の奥が温かくなるのを感じた。

 でも、それを表情に出すことはしなかった。ただ静かに、彼を見つめ続けた。


 数日が過ぎた。


 カイルは私を特に厳しく扱うこともなく、かと言って優しくするわけでもなかった。朝になれば仕事に取りかかり、昼には適当に食事を済ませ、夜には酒を飲む。その繰り返し。


 けれど、不思議と居心地は悪くなかった。

 彼の不器用な優しさが、少しずつ私の心に染み込んでいくのが分かった。


 そして、ある夜。私は思い切って決断し行動に出た。

 私は初めて、自分から彼に声をかけた。


「……お皿、洗いますか?」


 カイルは驚いた顔をして、私を見つめた。


「お、おう……いや、別にいいけど……。」


 そう言いながらも、彼は少し照れたように笑った。その笑顔を見て、私はほんの少しだけ唇の端を上げた。自分でも気づかないほど小さな微笑みだった。


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