第2話 この人、本気なの?
暗い夜の空気は、冷たく湿っていた。
私は、ただそこに立っていた。
奴隷市場のざわめきが遠くで響いている。人々の視線が私の上を滑っていくのを感じながらも、私は何の感情も抱かなかった。怖くもないし、悲しくもない。ただ、無意味な時間が過ぎるのを待っているだけ。
この場にいる誰もが、私に興味を示さなかった。**「訳アリ」**だと囁かれるたびに、値札はどんどん安くなっていった。誰もが私を見て、首を振って立ち去る。
でも、それでいい。
誰かに買われたところで、私の人生が変わるわけじゃない。
そんな時だった。
ふらつきながら近づいてきた一人の男が、私の視界に入った。
目は赤く、息は酒臭い。ひどく乱れた髪と、くたびれた服。見るからにダメな男だと、一目で分かった。
彼は私の前で立ち止まり、しばらくの間、ぼんやりと私を見つめた。何を考えているのか分からない、虚ろな目。私は視線を避けることなく、その男を見返した。どうせ、また何も言わずに立ち去るだろう――そう思っていた。
でも、違った。
「買った。」
その一言が、静かに夜の空気を切り裂いた。
商人がニヤリと笑い、私の足首に巻かれた鎖を外す。私は抵抗しなかった。抵抗しても無駄だと分かっていたから。
男の手は、意外にも暖かかった。
引かれるままに歩き出しながら、私はただ一つだけ疑問に思っていた。
――この人、本気なの?
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