第13話 過去と現在の交差点
秋の終わりが近づいていた。
空気が冷たくなり、吐く息が白くなる季節。俺にとっては嫌な時期だ。
この冷たさが、昔の記憶を否応なく呼び起こすからだ。
そして、そんなタイミングでリィナが過去のことを探ろうとし始めた。
「カイルさん、昔……大切な人がいたんですか?」
あの時、俺は笑った。いつも通り、飄々とした態度でごまかした。
「俺みたいなクズに、そんな奴いるわけねぇだろ。」
そう言って、話を終わらせたはずだった。
――終わったと思っていた。
だが、それからリィナは何かにつけて俺の過去に触れようとする。
ちょっとした会話の合間に、それとなく質問を挟んできたり、俺の顔をじっと見つめたり。
ある夜、仕事から帰ると、リィナが静かに尋ねてきた。
「どうして私を買ったんですか?」
その質問に、俺は一瞬だけ心臓が跳ねるのを感じた。
でも、表情には出さない。
「酔っぱらってたからに決まってんだろ。適当だよ、適当。」
そう答えた俺を、リィナはじっと見つめた。
その瞳は、まるで俺の嘘を見透かしているかのようだった。
「……そうですか。」
それだけ言って微笑むリィナに、俺は妙な居心地の悪さを覚えた。
数日後、俺はふと使っていない部屋の扉が少しだけ開いていることに気づいた。
その瞬間、心臓が冷たくなる。
あの部屋には、俺の過去が詰まっている。誰にも見せたくない記憶の欠片だ。
だが、リィナは何事もなかったかのように、いつも通りの態度で振る舞っている。
彼女があの部屋に入ったのかどうか、確かめることはできなかった。
――知ってるのか?それとも知らないふりをしているのか?
その疑念が、俺の中で静かに膨らんでいく。
俺とリィナの間には、奇妙な緊張感が漂い始めた。
普段通りに振る舞ってはいるが、どこかぎこちない。
ある夜、リィナがぽつりと呟いた。
「……私、もっとカイルさんのことを知りたいです。」
その言葉に、俺は一瞬固まった。
だがすぐに、いつもの調子で飄々とした笑みを浮かべた。
「お前、変なこと言うなよ。俺はお前を高く売ることしか考えてねぇんだぞ?」
リィナは微笑んだまま何も言わなかった。
その沈黙が、俺の胸に妙な重さを残した。
その夜、久しぶりにリナの夢を見た。
あの優しい笑顔、静かな声。俺を気遣う瞳。
「カイル、無理しないで……。私のことはいいから。」
その声が、耳に残ったまま目を覚ましたとき、俺は自分の手が震えているのに気づいた。
――もう、終わったはずだろ。
自分にそう言い聞かせても、心の中の穴は埋まらなかった。
リィナは俺にとって、最初はただの商品だった。
「育てて、高く売る。」
そのために彼女を買った。それだけのことだった。
でも、今のリィナを見ていると、どうしてもリナの姿が重なる。
それが嫌で、俺は飄々とした態度を崩さずにいた。
――だが、もう限界かもしれない。
彼女が俺の過去に触れようとするたび、俺の中で何かが揺らぎ始めていた。
ある晩、俺はリィナに向かって言った。
「おい、リィナ。」
「はい?」
「お前、そろそろ売り時かもしれねぇな。」
その言葉を口にした瞬間、俺の胸の奥がズキンと痛んだ。
でも、リィナはただ静かに頷いただけだった。
「……そうですか。」
その声は、いつも通りだった。でも、その目には何か違う光が宿っていた。
俺はその光から目を逸らすように、グラスを煽った。
「……まぁ、まだ先の話だけどな。」
そう言って、俺は自分の心の中の揺らぎをごまかした。
でも――もう限界だった。
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