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第12話 触れてはいけない過去

 秋が静かに訪れていた。


 カイルさんと過ごす日々は、相変わらず穏やかで変わらない。

 彼は飄々とした態度を崩さず、私のことを「高く売る」と言い続けている。


 でも最近、私は彼の中に何か違う影を感じていた。

 それは彼が時折見せる、ふとした沈黙や、視線の奥にある深い悲しみのようなもの。


 私はその影が何なのか、知りたいと思う反面、知るのが怖いとも感じていた。


 


 カイルさんは、私がどんなことを聞いても飄々と笑う。


「カイルさん、昔はどんな仕事をしてたんですか?」


「ん? 昔も今も同じだよ。魔法具をいじって、適当に生きてただけだ。」


「……本当に?」


 私がそう問い返しても、彼は肩をすくめるだけだった。


「本当さ。俺は昔からクズだよ。」


 その言葉に、私は思わず微笑んでしまった。

 カイルさんがクズだなんて、誰が信じるだろう。

 彼の不器用な優しさを知っている私は、その言葉の裏にあるものを感じ取っていた。


 ――でも、彼はそれを私に見せようとはしない。


 


 ある日、カイルさんが仕事で遅く帰る日があった。

 私はいつものように家の掃除をしていたが、ふと奥の部屋の扉が半開きになっていることに気づいた。


 普段は入ることのないその部屋。

 カイルさんは「使ってない」と言っていたが、何かが気になってしまった。


 そっと扉を開けると、そこには古びた棚と埃をかぶった箱が置かれていた。


 私はその箱の中に、一枚の写真を見つけた。


 そこには、今のカイルさんからは想像もできないほど真面目そうな笑顔のカイルさんと、優しそうな女性が並んで写っていた。


 ――この人は、誰?


 胸の奥が、ズキンと痛む。

 写真の中の女性は、カイルさんの腕に優しく寄り添っていた。


 私はそのまま箱を閉じ、部屋を出た。

 でも、その写真が頭から離れなかった。


 


 その夜、カイルさんが帰ってきた。

 私は何事もなかったかのように振る舞ったが、心の中はざわついていた。


 夕食の後、私は思い切って尋ねた。


「カイルさん。」


「ん? なんだ?」


「……昔、大切な人がいたんですか?」


 その言葉に、カイルさんは一瞬だけ動きを止めた。

 でもすぐに、いつもの飄々とした笑みを浮かべた。


「は? 何言ってんだ。俺みたいなクズに女ができるわけねぇだろ。」


「……本当に?」


 私が静かに問い返すと、カイルさんはわざとらしく大きなため息をついた。


「お前なぁ、女の影を探って何になるんだ? 俺はお前を高く売ることしか考えてねぇんだよ。」


 その言葉に、私は微笑むしかなかった。

 ――カイルさん、そんなわけないでしょ。


 でも、彼の言葉の奥にあるかすかな悲しみに気づいてしまった私は、それ以上何も言えなかった。


 


 その後も、私は何度かカイルさんに過去のことを尋ねようとした。

 でも、彼はいつも軽い冗談や皮肉でごまかしてしまう。


「お前もそのうち高く売られるんだから、俺の過去なんか気にしてる暇はねぇぞ。」


 そんな言葉を聞くたびに、胸の奥がチクリと痛む。

 私は本当に売られるのかもしれない。


 でも、それ以上に――私はカイルさんの心に触れたいと思っていた。


「……私、もっとカイルさんのことを知りたいです。」


 その言葉は、思わず口をついて出た。

 カイルさんは少しだけ驚いた顔をしたが、すぐにいつものように笑って答えた。


「お前、変なこと言うな。俺はただのクズだって、何度言えば分かるんだ?」


 その笑顔に、私は何も言い返せなかった。

 でも――私は確信していた。


 ――カイルさんはクズなんかじゃない。

 ――きっと、誰かを大切にしたことがある人だ。


 その誰かが誰なのか。

 私はそれを知るのが怖かった。

 でも、知りたいとも思っていた。


 


 カイルさんの過去に、誰か大切な人がいたのは間違いない。

 その人の影が、今でもカイルさんの心に残っている。


 私はその影に、嫉妬していた。


 でも、私は諦めたくなかった。

 カイルさんが過去の誰かを忘れられないなら、私はその人を超える存在になりたい。


「……私は、あなたの過去には負けません。」


 小さく呟いたその言葉は、誰にも聞こえなかった。

 でも、それは私自身への誓いだった。


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