第11話 過去の影
昔の俺は、今の俺とは別人だった。
あの頃は真面目に働いて、酒も嗜む程度。ギャンブルなんてもってのほか。
朝から晩まで働いて、それでも疲れた顔一つ見せずに帰った家には、彼女が待っていた。
彼女の名前は――リナ。
今の俺が育てている少女と似た名前だと気づいたとき、笑うしかなかった。
リナと過ごしていた頃、俺の人生は順調そのものだった。
仕事は安定していて、収入も悪くなかった。二人で未来の話をするたび、明るい笑顔が自然とこぼれた。
「ねぇ、カイル。私たちが結婚したら、どんな家に住む?」
「んー、でかい家は面倒だしな。小さくていいけど、窓は多めがいいな。お前、陽の光が好きだろ?」
そんな他愛もない会話が、俺たちの日常だった。
でも――その平穏は、ある日突然壊れた。
リナが倒れたとき、最初はただの風邪だと思っていた。
だが、診断結果は違った。治療法のない病気だった。
医者は言った。
「……ですが、希望はあります。国からの認可はまだですが、試験段階の薬が――」
金さえあれば、助かる。
その言葉に、俺はすぐに決断した。
リナを救うために、どんなことでもする。金を稼ぐ。それが俺の唯一の目的になった。
だが、リナは俺の決意を聞いて、微笑んだ。
「カイル……そんな顔しないで。」
「何言ってんだ。お前を助けるためだろ。俺が頑張らなきゃ――」
「……私は、そばにいてほしいの。」
その言葉に、俺は一瞬だけ立ち止まった。
でも、すぐに首を振った。
「バカ言うな。俺が金を稼げば、お前は助かるんだ。」
リナはその言葉に、悲しそうに微笑んだ。
「ねぇ、カイル。もし私がいなくなったら――次に付き合う彼女にはもっと優しくしてあげてね?」
「……何言ってんだよ。」
「女の子はね、時々意味もなく拗ねるの。そういうときは、理由なんて聞かずにただ抱きしめてあげて。」
「やめろ、リナ。」
「……私がいなくなっても、カイルは幸せでいてほしい。」
その言葉を聞きながら、俺はただ拳を握りしめていた。
――金さえあれば、助かる。俺が稼げばいい。
そう信じていた。
だが、現実は残酷だった。
金を稼ぎ続ける俺の背中を見送りながら、リナは静かに逝った。
俺が帰ったとき、彼女はもう冷たくなっていた。
あの時、金よりも大事なものがあったのかもしれない。だけど――もう遅かった。
「……バカ野郎。」
自分自身に吐き捨てたその言葉が、今でも耳に残っている。
リナを失った俺は、何もかもどうでもよくなった。
酒に溺れ、ギャンブルにのめり込み、仕事も適当にこなすだけの日々。
何もかも失って、ただ生きているだけの男になった。
――それが、今の俺だ。
でも、そんな俺がある日、酔っぱらった勢いで奴隷市場に足を踏み入れた。
そして――リィナを買った。
最初はただの衝動だった。だが、彼女を見ているうちに、どこかでリナの面影を感じ始めていた。
リィナはリナとは違う。だけど、彼女を育てていくうちに、俺の中で何かが変わっていくのを感じていた。
リィナがいることで、俺は新しい日常を手に入れた。
でも、彼女を見ていると、どうしてもリナの記憶が頭をよぎる。
リィナの優しい笑顔。
静かな声。
俺を気遣う仕草。
――お前も、いつか俺の前からいなくなるのか?
そんな不安が、心のどこかにある。だからこそ、俺は彼女に言い続ける。
「お前を育てて、高く売る。」
それは、リィナとの距離を保つための呪文みたいなものだった。
でも、リィナが時々俺を見つめるその瞳に、俺は自分の心が揺れるのを感じている。
「……くそ、また同じことを繰り返すのか?」
俺はもう誰も失いたくない。
でも、それができるほど、俺はもう真っ直ぐな男じゃない。
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