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第10話 知りたくないのに、知りたいこと

 夏が近づいていた。


 この家でカイルさんと過ごす日々は、静かで穏やかだ。

 朝になれば一緒に朝食をとり、昼はそれぞれの仕事に没頭し、夜には小さな会話を交わす。


 それだけの毎日。


 だけど最近――私はふとした瞬間に、どうしようもない疑問を抱くようになっていた。




 カイルさんは、掴みどころのない男だ。

 いつも飄々としていて、私を「売る」と言い続けている。


 でも、その言葉の裏にあるものに、私はもう気づいている。

 私のことを本気で売るつもりじゃないかもしれない――そんな優しさ。


 けれど、それだけじゃなかった。


 最近の私は、カイルさんの何気ない仕草や言葉に、もう一つの影を感じるようになっていた。


 ――この人、私以上に大切にした人がいたのかもしれない。


 その考えが頭をよぎるたび、胸の奥が妙にざわつく。



 その疑念が強くなったのは、ある日のことだった。


 カイルさんが、魔法具の修理をしているとき――何気なく私は尋ねてみた。


「カイルさん。」


 彼は顔を上げずに、いつものように軽く答えた。


「ん? なんだ?」


 私は一瞬だけ躊躇した。でも、気になって仕方がなかった。


「……カイルさんって、昔……女の人とか、いたんですか?」


 その瞬間、カイルさんの手が一瞬だけ止まった。ほんの一瞬。でも、それを私は見逃さなかった。


 だけど彼はすぐにいつもの飄々とした笑みを浮かべて、何事もなかったかのように言った。


「は? 何言ってんだ。俺みたいなクズに女がついてくるわけねぇだろ。」


 その軽い口調に、私は少しだけ笑ってしまった。


「……そうですか。」


 だけど、その冗談交じりの言葉が、逆に私の疑念を深めた。

 カイルさんは、本当に女なんていなかったの?


 その飄々とした態度の裏に、何かを隠しているような気がしてならなかった。




 カイルさんは、女の扱いに慣れている気がした。

 最初は気づかなかったけれど、私が成長するにつれて、彼の対応がどこか絶妙な距離感を保っていることに気づいた。


 私が何かを手伝おうとすると、さりげなくサポートしてくれる。

 落ち込んでいるときは、気づかないふりをしてそっと一人にしてくれる。

 そして、必要なときにはちゃんと声をかけてくれる。


 ――まるで、誰かを大切にしたことがある人みたいに。


 ある日、市場で買い物をしているとき、カイルさんが私の肩にそっと手を置いた。

 それはごく自然な動作だったけれど、その温もりが妙に心に残った。


「お前、顔が疲れてるぞ。無理すんな。」


 その言葉に、私は胸の奥がキュッと締め付けられるのを感じた。


 ――カイルさん、昔もこうやって誰かに優しくしてたんじゃないの?


 その考えが、頭から離れなかった。



 カイルさんは、女の人ができない。


 私がここにいるから?

 それとも、誰かの影がまだ心に残っているから?


 ある晩、私は再びカイルさんに尋ねてみた。


「……カイルさん。」


「ん?」


「……どうして、彼女とか作らないんですか?」


 その質問に、カイルさんは少しだけ驚いた顔をした。でも、すぐにいつもの調子で笑った。


「は? 俺みたいなクズに彼女ができるわけねぇだろ。」


「……本当に、そうですか?」


 私は少しだけ意地悪な笑みを浮かべてみた。

 カイルさんは肩をすくめ、余裕たっぷりに言った。


「お前がここにいるせいで、女が寄ってこねぇんだよ。お前のせいだな。」


 その冗談に、私は思わず吹き出してしまった。


「それは、困りましたね。」


 でも、心のどこかで嬉しさを感じている自分に気づいていた。



 カイルさんは、何を聞いても飄々としている。

 だけど、その態度の裏にあるものを、私は感じ取っている。


 ――きっと、私以上に大切にした誰かがいた。

 ――それでも、私を売ると言い続けるのは、私を守るためなのかもしれない。


 本当の答えはわからない。

 でも、私はそれを無理に知ろうとは思わなかった。


 ただ、カイルさんのそばにいられるこの日常を、もう少しだけ大切にしたい。


 いつか本当に私を売る日が来たとしても――


 でも、もしカイルさんが過去の誰かを忘れられないなら……


 私はその人を超える存在になりたいとそう思った。


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