閑話 魔法具と作業台(過去)
リィナは、カイルの手元をじっと見つめていた。
小さな作業台の上には、見たことのない不思議な道具が並んでいる。
細長い金属片、透き通った石、複雑に絡み合った細い線──まるでガラクタの山のようだった。
カイルはその中から、手慣れた様子でひとつを拾い上げ、じっくりと観察する。
彼の指先が迷いなく動き、小さな工具を使って細やかな作業をこなしていく。
「……何をしているんですか?」
リィナは恐る恐る口を開いた。
カイルは目を上げもせず、作業を続けながらぼそりと言う。
「魔法具の修理だ」
リィナは黙った。
──魔法具。
その言葉自体は、聞いたことがある。
街の人々が便利そうに使っていた。
屋敷の貴族たちが、装飾品として持っていた。
でも、それが”壊れる”とは思っていなかった。
魔法具は魔法で動くのだから、ずっと使い続けられるものだと思っていた。
だから、“修理する”という概念が、リィナにはまるでピンとこなかった。
「……魔法具って、壊れるんですか?」
カイルはようやく顔を上げ、煙草をくわえたまま目を細めた。
「当然だろ。道具ってのはな、使い続けりゃ劣化する。魔法具も例外じゃねぇ」
「……そうなんですか」
リィナは、まだ半信半疑だった。
カイルは軽く舌打ちし、手元の魔法具を指で弾いた。
すると、それはかすかに光を放つが、すぐに消えてしまった。
「たとえば、これは”魔力灯”ってやつだ。夜道を照らすためのもんだが……見ての通り、もうまともに光らねぇ」
リィナはじっとそれを見つめた。
「どうして、こうなったんですか?」
「魔法具ってのは、“魔力回路”ってもんを通して動くんだが……こいつはその回路が摩耗してる」
カイルは金属のプレートを持ち上げ、リィナに見せた。
「この細い線が魔力を通す道だ。けど、長く使いすぎると消耗して、魔力が流れなくなる。ちょっとずつ光が弱くなって、最終的にまったく使えなくなるってわけだ」
リィナは、目の前の金属片を見つめながら、静かに口を開いた。
「……じゃあ、それを直すのが、カイルさんの仕事なんですね」
「そういうこった」
カイルは無造作に道具を手に取り、魔力回路を削り、接合し、新たな線をつなげていく。
リィナはその様子を、じっと見つめていた。
彼の手際は驚くほど正確で、無駄がない。
粗雑な性格とは裏腹に、この作業だけは慎重に進めているようだった。
「カイルさん……どうしてこの仕事を?」
リィナは思い切って聞いてみた。
カイルはしばらく無言だったが、やがて煙草をくわえ直しながら答えた。
「……物心ついた頃には、もうやってたな」
「教えてもらったんですか?」
「まぁな。昔、世話になった人がいた」
カイルはそれ以上、何も言わなかった。
リィナは、それ以上聞いていいのか迷ったが、結局黙ったままカイルの手元を見つめ続けた。
「ほら、見てろ」
カイルは修理した魔法具を持ち上げた。
彼の指がそっと魔力を流し込むと、先ほどまでほとんど光らなかった”魔力灯”が、淡く光を灯す。
リィナは息をのんだ。
「……直ったんですね」
「まぁな。完全に元通りってわけじゃねぇが、これくらいならあと数年はもつだろ」
カイルは淡々と答えた。
リィナは、なんだか不思議な気分だった。
カイルは普段、だらしないし、いい加減な男に見えた。
けれど、今の彼は、まるで別人のようだった。
「……カイルさんって、すごい人なんですね」
リィナはぽつりと呟いた。
カイルはそれを聞いて、一瞬だけ手を止める。
だが、すぐに飄々とした笑みを浮かべ、煙草の灰を落とした。
「ははっ……そう思うなら、たまには手伝えよ」
「え?」
「道具くらいは片付けられるだろ?」
「あ……はい!」
リィナは慌てて、散らかった部品を整理し始めた。
彼女の手は、まだ震えていた。
けれど、それは以前のような”恐れ”からではなく、
“新しい世界に触れた緊張”のせいだった。
この夜、リィナは初めて、カイルの仕事に興味を持った。
──魔法具の修理。
それは、彼女が知らなかった世界の一部だった。
でも、それを目の前で当たり前のようにこなす男がいる。
──カイルさんって、すごい人なのかもしれない。
そんな考えが、ふとリィナの心に浮かんだ。
そして、それはやがて、彼女の中で確信へと変わっていくのだった。
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