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ラビット•レコード  作者: 怒雲
一章『ルクリオーヴァ』
3/3

朝の光とダンゴムシ少女

 月の光りを乱反射させた雨が止み、疎らな雨雲が晴れていく。



 それはまるで、幕を開くかのようだった。



















「わぁぁあぁあああぁああぁあ!」



「ほにゃぁあぁぁあぁあぁああ!」



 それは太陽が目覚めて少し経った頃であった。木造の家の中で、一人の悲鳴が木霊して……そして続けざまに、もう一人の悲鳴が響き渡る。








 最初に悲鳴を上げて飛び起きた少女は、荒い呼吸を繰り返しながら恐る恐るといった様子で周囲を確認する。


 サイレンの様な心音を聞きながら、彷徨わせたその瞳は……部屋の隅で尻もちをついている人物へと向けられた。



 尻もちをついているのは、セミロングの金の髪を持つ小柄な女性。



 細い体型に、薄いピンクのワンピース。栗色の瞳は見開かれて、肩でする息に合わせて僅かに上下している。


 様子を見に行くと眠ったままだった少女に対し、どれ、ほっぺたでもぷにぷにしてやるかと近付いたところ、少女は大声を上げながら飛び起きた為にビビリ散らした挙句、尻餅をついてしまったのだ。



「…………────っ」


 しばし、二人の視線が交差して───。



「………あ、わっ、わー。びっくりしましたぁ……あの、大丈夫ですかあ?」



 尻餅をついていた彼女───エリエルは先に自我を取り戻すと、一呼吸置いてから、出来るだけ刺激しないようにと声をかけた。



 腰を抜かしてしまったので、四足の姿勢のままゆっくりとベッドににじり寄る。



「あ……あ? あ、ぁ……?」



 ベッドの上………目の前の少女は状況が飲み込めていないようだ。



 落ち着かない様子を見て、どうしたものかと思っていると、ドタドタと階段を上がって来る音が聞こえる。



 まずいな、と思ったのも束の間。バタン!と扉が勢い良く開かれた。



「エリエル! 大丈夫か!?」



 声を上げながら、キールが乱入してきた。



 心配して駆けつけてきたのだろうが、何とも間が悪い。



「ひっ……!?」



 案の定、ベッドの上にいた少女は怯えた様に布団を掴んで、華奢な身体で必死に身を守るポージングで不審者を見る目でこちらを見ている。



 本当に間が悪い。というか空気が読めない。鈍感天然唐変木。


 自分を助けに来てくれた事は理解してるし感謝もするが、それはそれこれはこれなのだ。




 キール一人ならば、間違いなく事案発生なこの構図。



(しかし、ここには私。エリエルがいますっ!)



 一人奮起。何とかして状況を収拾させようと、エリエルの小さな頭がフル回転を始める。



「あ、大丈夫ですよキールさん。ちょっとびっくりしただけです。 えっと、あの子を刺激しないようにお願いしたいんですが……」



 布団の中に丸まってしまった少女を見たキールは、しまったと顔を引き吊らせる。


 何となく、子供の頃遊んだダンゴムシに似てるなと、エリエルは全く場違いな感想を抱く。さっきまで腰を抜かしてたクセに、ずいぶんと切り替え早く呑気な女である。



「だいじょうぶですよー。こわくないですよー。お姉さんは、何も変なことはしませんからねー。

 あ、あっちにいるおじさんも変な事しないからだいじょうぶですよー」



「誰がおじさんだ」



 少女を宥めつつ、余計な一言を言うエリエルに対し、キールは流石にムッとした顔をした。



 自分はおじさんという歳ではない。まだ二十八なのだ。何故か三十路と思われたりするが、その二歳差には明確な隔たりがあるというのがキールの主張である。



 この事をエリエルに言うと、とりあえず髭を剃れと言われる。そうはいかない。髭は男のポリシーであり紳士のたしなみである。



「決して剃るのが面倒臭い訳じゃない……」



「……えぇそうですね……」



 面倒臭いなコイツという顔を一瞬だけ覗かせた後、 エリエルは少女を宥める作業に戻った。



「……………」



 その様子を遠目に見ながら、ここは彼女に任せておけば大丈夫だろうと、キールは思う。



 エリエルは、まあ……抜けているところも多いが、あれでいて気遣いは出来るし、基本的に優しい性格をしている。



 キールは、少なくともエリエルという人間を、強くしなやかな人間だと思っている。



 それはまあ、それなりにこれまで苦労を重ねて生きてきて、凡その出来事に耐性を持ってしまっているからであり、故に切り替えが早く、過去を引き摺らない。反面、本当の彼女は繊細な部分も持っており、傷つけられても無条件に人助けする優しさを持っているのは……それは強いということなのだろうと、キールは思う。



 本当に弱い人間は、人に優しくする余裕はない、というのがキールの持論である。



  ……だから、何となく、振り回されてると分かりつつも、我が儘を聞いてしまうのだろう。



 自分は、彼女と違い強い人間ではない。??



 あの髪の色、様相から、拾ってきた少女は『普通の子』でないことは明らかだ。



 面倒事を背負い込むのは、得意でないが……。



 キールは、布団包まってしまった少女を一瞥したあと、



「何かあったら呼んでくれ。とりあえず任せるから」



 呆れ混じりの調子で言って、部屋を退散する。



「───た弱み、だな……」



 階段を降りる途中で思わず、そう呟いた。









 さて、とエリエルは……だんごむしと化した少女を眺める。



 少女は、ボブカットに近いグレーの髪の出で立ちだった。髪の色に丸まっている布団の色が同系色なので、どうしても、エリエルの目から見れば小動物チックに見えてしまう。



 少女は、じとーっとしたような半目でこちらの様子を伺っていた。



「ふむ………」



 どうするかとエリエルは考える。とりあえず、かなり警戒されている。まずは笑顔で名乗ってみるか。



「……私は、エリエルって言います」



 ニコッと笑いかけながら、エリエルは片手を胸に当てて告げる。



「あのう、お名前はなんですか?」



 まず、せめて名前を聞き出したいな。



 円滑なコミュニケーションをとるために、互いにまず名前を知るというのは重要だと思う。



 少女は、じとーっとした半目でエリエルを眺め、少し反らして虚空を眺めた後、再びエリエルに視線を向ける。



「……V(ブイ)



 とりあえず口を開いてくれたことにほっとしつつ、エリエルはうーんと天を仰いだ。



武威(ブイ)? なかなか、強そうな名前ですねぇ、鎧とか着けてそうな」



「……?」



 更にじっとりとした目で見られ、おっと、とエリエルは軽く唇に手を当てる。悪い癖が出てしまっている。



 真面目に話そう。



「ブイちゃんって言うんですか?」



 そう尋ねると、おどおどした様子のまま小さく頷いてみせる。



「Vって、呼ばれてた……あたし、名前……番号……」



「ほお? 万郷……マンゴー……マンボウ……番号?」



 Vと名乗った少女がこくんと頷いた。



「……番号、ですか」



 エリエルの表情が曇る。なんとも、嫌な感じだ。何が嫌な感じなのかというと、女の勘としか言いようがないが。



 元より、面倒事に違いないとは思っていたが、思っていたよりなんかこう………やばそうな感じだ。一人の人間の名前が番号て。



「どういう事ですかねぇ……」



 解る事は、いっぱんぴーぽるの自分たちで対処出来る問題ではなさそう、ということだ。



 まぁ、だがそれはそれ、これはこれだ。



 なんにせよ、目の前のだんごむしを今放り出す訳にはいかない。



 何故なら、先程から音がなっているからだ。



 ぐぅ、という腹の音が。



 少女はまったくそれを気にした素振りはないが。



 お腹を空かせていようが、腹の音を鳴らしてようが、少女は変わらず、だんごむし状態のまま半目を虚空にさ迷わせている。



「……お腹、減ってませんか?」



「………?」



 クエッションマークが頭に浮かんでいそうな感じでこちらに目をやる少女にクスリと笑った。


 少女は、気付いているのかいないのか……口から少し、よだれが。


 先ほどから小麦の焼ける匂いが階下から漂ってきていて、それが少女の食欲をそそっているのだろう。



「……食べて、いい、の?……食べ、たい……」



 それを聞いたエリエルは、まってましたとばかりに、ちょっと待ってて下さいと、一階に降りていく。



 今なら、いい感じにパンが焼けている筈だ。



 ぱたぱたと出ていくエリエルを眺めながら、Vは小首を傾げていた。



 何故、自分が空腹だと解ったのだろう。彼女は、そう考えているのである。








 ───エリエルが居なくなったあとの、少しばかりの空白の時間。



 誰もいなくなった部屋で、あいも変わらずだんごむしと化している少女、V。



 だんごむしは、布団に丸まったまま考えている。



 わたしはV。わたしは……。





 わたし?






 そこで初めて、Vは記憶の欠損に気付いた。



 わたしは………なに?どうしてここにいるの?






 ぎゅっと、布団を握る手に力がこもった。分からない。怖い。胸の中が、ずくんと、重くなった。

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