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ラビット•レコード  作者: 怒雲
零章『始まりの雨』
2/3

脱兎

 ──それは、月が降る様な夜でした。






「……やっろ、ちくしょーですよ! なんで月が出てるのに雨が降るんですか!

しかもどしゃ降りと来たもんです!ファック!ジーザース! ガッデムっ!ホーリーシィィッツ!!!」



「通り雨だからだろ!とにかく走れって、ずぶ濡れになるぞ!」



「……もう走ってますし、もうずぶ濡れですよぉ!」



 空には、ぽっかりと浮かぶお月様と、お月様を避ける様な雨雲。












 通り雨。実際に、このどしゃ降りも数分後には嘘か幻か、夢のように止み、消えるのだろう。



 運が悪い。心底エリエルはそう思った。



 ……同時に、綺麗だとも。



 路面に落ちて跳ねた水も、煉瓦の家や窓を流れる雫も、この雨も。



 月の光りに煌めき、さながらそれは、月が降るようだと、似合わないのに詩人の様な事を思う。



 まぁ、センスの良否はさておき、エリエルは自分の表現を、我ながら美しい表現だと思っている。それを口に出したところで、自画自賛だと失笑されるので、決して口には出さないけれども。



 きっと今夜、彼女の机に隠したノートには、黒歴史となる一文が増える事だろう。



「……」



 黒歴史のノートはさておき、綺麗な雨だと思ったのは本音だ。家の中ならば気持ちよく観賞もしていられるのだが、今はそうも言ってられ───。







「───え?」



 そんな夜に彼女は───奇妙な物を見た。



 路地裏に捨てられたボロ雑巾か何かに見えまが、そうじゃなくて。





 見間違いだと思いたくて二度見して………人が、倒れている事を理解する。








 見た感じ十代にも満たなさそうな幼い女の子が、地面に転がっていたのだ。


「えっ……えっ!?ちょっ、うそうそうそ!?  き、キールさん!」



「え、どうした?」



 前方を小走りしていた黒髪で、少し無精髭な青年が、ただならぬ様子に怪訝そうに足を止めた。



「ひ、人!  女の子!  倒れてます! 死んでます!」



「な……!?」



 事件です! とテンパっているエリエルの隣に彼も行く。



 煉瓦造りの民家と民家の間にある、人が一人くらいならば通れる道……そこに、少女は倒れていた。



 茶色い、布を纏っただけの女の子。泥だろうか、血だろうか、判別はつかないが、かなり見た目は汚れているように見える。



「し、死んでる……のか?」



 恐る恐る、キール・ロウは倒れている少女に近付いた。



 頭の中が混乱する中、同時にどこかで酷く冷静に状況を見つめる自分がいる。



 エリエルの、「たまには大人な、オシャンティーなバーとか行ってみたいです!」 なんてわがままに付き合ってみれば、とんでもない物に出くわしてしまったと。



「……生きては、いるな」



 少し、ホッとした。うつ伏せに倒れた少女は、ちゃんと背中が上下しているのが見てとれる。



「本当ですか? 良かったぁ………」



 エリエルは、少し安心した様子で胸を撫で下ろし、塗れた金の髪を軽くかき上げながらおっかなびっくりといった挙動で少女に近付いていく。



「あ、あの……大丈夫ですか?」






 エリエルとの付き合いはそれなりに長いが、度胸があるのかないのか、未だによく分からない所がある。







 エリエルが軽く、背中をさすってみると、「ん……」 とだけ返事がある。これは大丈夫な感じだろうか。




「……とりあえず、奇士(きし)達に連絡するか?」



 キール・ロウは呟いて、いや、医者が先かと呟く。



「……いや、なんかそれ、まずいかもです」



 顔を確認しながら、エリエルは呟く。



 年端も行かない女の子。年は、十前後くらいだろうか。



 腰までは届かない黒の髪。片方の揉み上げと、前髪の一房だけ灰色になっている特徴的な髪。



 ともかく、この近辺では見かけない子だ。どうにも、胸騒ぎがする。エリエルの妙な直感が働き、これは恐らく堅気じゃないと判断する。



「私の不幸センサーが、それはまずいと反応してます!」



「初めて聞くな、その設定は……」


 よく変な事を言う奴だが。


 さておき、じゃあどうするのかとキールは問いかける。



「とりあえず、家にお持ち帰りましょう、仕方ないですし。すぐそこですし」



 長年の付き合いから、この手の攻防はやるだけ無意味であることを知っているキールは、厄介事をわざわざ持ち込もうとする彼女に対し、小さく呻く反応を返しただけだった。


 こういう厄介事など、しかるべき所に押し付けてしまえば良いというのに……ビビリの癖に、こういう事を譲らないから、度胸があるのかないのかよく解らないのだ。



「……一応聞くが、誰が運ぶんだ?」



 エリエルはその質問に、少し考える仕草をした後、悪戯っぽく微笑んだ。



「もしかして、私ですか? そうですよね。動物も人も拾った本人が責任をもって飼わないと待っているのは不幸だけですし。わかりました。申し訳ありませんがおぶるとこまでは手伝って貰えますか。お召し物が汚れるのは嫌だと思いますが。何卒」



「わかった。俺が運ぼう」



 若干の諦めとため息混じりにキールは少女を担ごうとする。なんやかんや、我が儘を聞いてしまう。



「あ。なんか心持ち今の状況が嬉しそうですね?」



「なんでだ」



 エリエルの揶揄に思わず眉を顰める。



「子供の様な体型の女子が御好みだったとお伺いしてますので」



「言ったことないだろ!? 大体お前な──……!」


 からかうように言われて、とりあえず言い返してやろうと思いながら少女を担いだところで、キールは驚いた。



  少女の、嫌な軽さに。



  一抹の不安を感じながらも、少女の我が儘に付き合わされ、キールは歩き出す。





 それが、出逢いであった。



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