第十六話 パーティ結成
「あの、師匠?今なんて?」
賢者のことを知っている僕ですら寝耳に水な一言だった。
目の前のローブを着た怪しげな人物が賢者であると知らないアルスくんとセレナさんからしてみれば驚天動地もいいところだろう。
というか不審者が外見通りおかしなことを言いだした、くらいに思っていても不思議ではなかった。
「今日日の勇者は味方と組んで魔物退治にあたるのがセオリーだ。或いは出先で協力関係を結ぶこともある。普段からパーティ戦闘には慣れておくべきだ」
「そうかもしれませんけど、急に言われても難しいですよ」
二人に視線をやる。当然のようにどちらも困惑していた。
「えっと、流石に唐突すぎて意味不明かなって」
「なンで俺がテメェらと組まなきゃなんねぇんだよ」
アルスくんが真っ当に正論を吐く異常事態だ。
「悪い話じゃないと思うがな。新米に勇者としてのイロハを叩き込んでやる。それにオマエら僧侶タイプと勇者タイプだろ?オレ以上の魔法講師はこの世にいないぜ」
「めっちゃ自信満々だ」
「前から気になってたけどまずテメェは誰なんだよ」
おかしいな。非常識ないじめっ子だったはずなのに、賢者を前にするとすごく常識的な真人間に思えてきた。
「オレが誰か、だって?──仕方ない、こうなったら教えてやるしかねぇな」
賢者が意気揚々とローブに手をかける。
まさか、僕は突然の行動に驚いて反応することすらできなかった。
確かに彼の正体を明かさなければ説得力は微塵も生じないとはいえ、こんなところで正体を明かすば……考えなしがいるだろうか。
漆黒のローブがはためき、賢者の容貌が露わとなった。
果たしてそこにいたのは、
「──う、嘘!?」
「馬鹿な……!?」
腰まで届く銀髪を揺らし、輝く翡翠の宝石のような瞳を持つ、世界最強の魔法使いと名高い偉大なる大魔導士。
僕よりも低い背丈だった常の容姿ではなく、呪いをかけられる以前、変化魔法で理想の自分を演出していた頃の賢者。
長身の男性的外見をした彼が、そこにいた。
「え、だって、さっきまであたしと同じくらいの歳の女の子で」
「カモフラージュってやつさ。正体がバレると色々面倒なんでね」
キザに髪をかき上げたりなんかしちゃう始末だ。
きっと久々に理想のカッコいい自分になれて気分が高揚しているのだろう。三か月の短い付き合いだけど、賢者が調子に乗っている時は非常に分かりやすかった。
会場にいた職員さんたちも俄かに色めき立つ。
周囲の視線を餌に、賢者が乗る調子の高さがぐんぐん増していった。
「どうだ?これでもまだ迷う余地があるのか?」
二人とも突然の出来事に処理能力が追い付いていない様子だった。
丁度いい。二人に考える時間を与えるため、そして僕自身理解できない賢者の行動の意図を探るため、彼の下へ近寄り小声で話しかけた。
「師匠、いい加減意図を説明してください!パーティって……セレナさんはまだしも、アルスくんとなんて絶対無理ですよ!」
「なして」
「いける要素ゼロじゃないですか……!」
先日倒して多少鬱憤も晴れたとはいえ、散々馬鹿にされまくった記憶が消えたわけじゃない。
嫌なヤツという認識は変わらないし、苦手意識も存分に残っていた。
「一回負かして上下関係叩き込んだし大丈夫じゃね?」
「そんな野生動物じゃあるまいし」
いや、割と気性の荒い動物みたいなところはあるかもしれないけど。
「大体、どうしてアルスくんなんですか?」
「あれで才能自体は本物ってのが一つ。もう一つは……オマエのいい修行相手になりそうだからだ」
そう言って、賢者はアルスくんの眼前まで近づいていく。
自分より一回りほど背丈の高い相手に見下ろされて、さしもの彼も気後れしたのだろう。一歩後ずさっていた。
「よう小僧、この前ユウに負けてから気分はどうだ?」
「えっユウくんこの人に勝ったの!?」
「ッッッ……!!」
言い返したいが事実なだけに言い返せないから悔し紛れに歯軋りする、という心理の流れが伝わってくるようだった。
「オマエは性格クソだし沸点36℃の瞬間湯沸かし野郎だが、ユウの当て馬としては最高だ。戦闘スタイルも似通う部分がある。きっといい修行相手になる」
「ンだよそれ、馬鹿にしてんのか」
「そりゃもう心の底から馬鹿にしてる」
ボロクソに言われすぎていて、そろそろ僕の方も同情の念が湧いてきそうだった。
「オマエに求めているのはただ一つ、オレがアイツを育てるための体のいい経験値役だ」
「……そんなこと言われて、はいそうですかって受けるとでも?」
「普通なら受けねぇな。でも見返りとして、オマエの面倒もみてやる。賢者が無償で鍛えてくれるんだ、これ以上のリターンがあるか?」
『全ての呪文を修めし者』、賢者リオルカ。
彼はその異名の通り、この世界に存在するあらゆる魔法を習得し、意のままに操ることができるといわれている。
そしてそれはこの三か月身近に接してきて、ほとんど嘘偽りがないように思えた。
僧侶タイプのセレナさんは勿論ながら、魔剣士であり勇者タイプのアルスくんにとってみても理想的な師匠だといえるだろう。
「ぶっちゃけオレは『聖剣の勇者』の師匠としては相性が悪い。だからオマエを通してより効率的にユウを強くしてやりたい」
「…………」
「今よりもっと強くなりたくはないか?」
「今より……強く……」
垂涎ものの魅力的な提案だ。職業:ゆうしゃとして、その誘いを断れる人間なんているはずがない。
彼は面白いように表情を七変化させながら熟考に熟考を重ねて、ようやく結論を出した。
「……分かった」
「よーしよし、それでいい」
自身のプライドが粉々に砕かれるのと、更なる実力の強化というリスクとリターンを天秤にかけて、後者に軍配が上がったのだろう。
アルスくんは賢者の手を取ると、パーティ加入の意志を示した。
「おっと、当然小娘の方も受けるよな?」
「うーん、正直話が急すぎて迷いますけど」
くりっとした橙色の瞳がこちらを向いた。
彼女はとても可愛らしい柔和な笑顔を浮かべると、
「あたしの為にも、ユウくんの為にもなるなら、喜んで受けさせてもらいます!」
そういって、セレナさんもまた賢者の手を取った。
誘いに乗ったということは、僕と二人は同じパーティメンバーの勇者としてこれから依頼をこなしていくことになるわけで。
セレナさんはともかく、アルスくんと過ごす日々を想像して、僕は。
「……マジかぁ……」
明らかに楽し気な表情を帽子に浮かべるボンゴレちゃんに肩を叩かれながら、がっくりと項垂れるのであった。