第八話 根暗な根暗な私と優しい彼
前回までのあらすじ!
“許嫁”は嘘だった! 以上!
7月上旬・土曜日 渋谷駅・ハチ公前————————————。
私の目の前に俊介くんが話しかけてきた。
「おはよう、赤瀬さん。待った?」
お母さん、私は今、天国にいます………………。
「おはよう、赤瀬さん。待った?」
待ち合わせの場所に俊介くんが来た。
なんかこれ、漫画みたいだな…………そうだ、こういう時に言うセリフは…………。
「ダイジョウブデス…………イマキタトコ————」
「さっき、あそこのコンビニいたよね?」
「………………」
「………………」
「…………ハイ」
何だよぉ! コンビニで飲み物買ってたのバレてんのかよぉ!
「じゃあ、行こっか」
「…………ハイ」
彼がそう言って歩き出し、私は彼の横に並んで歩いた。
な、なんで……こうなっちゃったんだろう………………。
昨夜のこと————————————。
私は佐山さんと電話をしていた。
『まさか、ヒヨリンが勉強できなかったとは……全然わかんなかった〜』
「あ、ごめんなさい……嘘つくつもりはなかったんですけど……」
『いいよ〜。私も勝手に話決めちゃってたしさ〜』
申し訳なさそうにしたのち、彼女は話の話題を変えた。
『それよりも、“許嫁”とかいうのが嘘で本当によかった〜!』
「あ、はい…………それも、お騒がせしました……」
『そういえば、俊介くんに助けてもらったんでしょ?』
「あ、はい……でも、その後に…………明日、勉強教えてあげるって……」
『え!? ヒヨリン……それって…………』
「それって…………?」
『それって…………“デート”でしょ!?』
「デデデデデデデデート!?」
『そう! デートじゃん!』
「そそそそんなわけないですよ!」
図星を突かれたかのように焦る私に彼女は落ち着いた様子で話し出した。
『“勉強を教える”って名目で男女で出掛けるのは、もう“デート”だね!』
「そ……そうなんですか…………?」
『絶対そうだよ!』
「絶対そうだね!」
「うわぁ! ちょっとお母さん! 勝手に部屋に入ってこないでよ!」
佐山さんとの電話の横で、お母さんが口を挟んできた。
「いいじゃないの〜。別に〜」
「よよよよくないよッ!」
『今、お母さんと話してるのぉ?』
「い……いやぁ……」
「はい、そうですよ! 日和の母です」
ちょっとお母さん! 何勝手に話してんだコラァ!
私はお母さんにスマホを取られ、彼女との会話を中止させられた。
『あ! やっぱり! お母さん、ヒヨリンと声似てますね!』
「あらそう? ありがとね。まだまだ私も若いのね〜」
『いえいえ〜。じゃあ明日、ヒヨリン好きな人とデートするみたいなんで。色々とお願いしますね!』
「は〜い! 任せて! 最高に可愛く仕上げてあげるから〜」
『それなら安心です! じゃあ!』
そう言って電話は切られた。
「…………」
「……明日が楽しね〜日和」
何勝手に話進めてんのよ! しかも後半、ほとんどお母さんと佐山さんとの会話じゃんか!
結局、お母さんに色々と服やら化粧やらを施してもらい、現在に至る。
勉強教えてくれるって言ってたけど、佐山さんがいうにはこれはデート…………だったら勉強はしないよね…………。一応、ノートとかは持ってきてるけど…………。
「よし着いた」
彼はそう言って立ち止まった。
『君のことが好きだ…………』
『私もよ…………ダーリン……』
『こうして二人は、いつまでも幸せに暮らしたのだった……』
——————END————————
こ……こんなにも……心が抉られるとは…………。
自分で選んだ映画で自分が傷つくとは思ってなかった。
「面白かったね」
私の横から彼はそう言った。
「…………ハイ……」
映画館に連れてこられて、俊介くんに「赤瀬さんが見たいのでいいよ〜」なんて言われ、選んだ映画を一緒に見たけど…………。まさかそれが恋愛映画だったとは…………。
「まさか赤瀬さんがこういう映画が好きだったなんてね〜」
「…………イエ……ベツニ…………」
タイトルが気になっただけなんていえないよぉ! しかも映画のタイトル…………『ロード・オブ・ライフ』…………二度と見に行くもんか…………このタイトル詐欺が…………ドキュメンタリーかと思うでしょ。
「お腹すいたね。何か食べよっか」
「…………ハイ」
確かに心身ともに削られた今、お腹が空いているため、俊介くんとともにファミレスにやってきた。
「じゃあ、このハンバーグセットで!」
彼は席に付くや否や、店員を呼んで注文を始めた。
「赤瀬さんはどうする?」
正直、何もかもが早すぎて頭が追いついていないので、彼と同じのにする。
「……オ……オナジノデ…………」
「じゃあ、このハンバーグセット二つで!」
相変わらずカタコトだが、彼は何も不満がらず、私の要望を店員さんにしっかりと伝えてくれた。
「よし! 赤瀬さん! ジュース取りに行こう!」
「ア……ハイ……」
まるで無邪気な子供のように彼はドリンクバーに向かった。
「どれにする?」
そう言って彼は私に空のコップを手渡した。
どれでもいいけど…………はッ! まさか…………何かの試験なのかな……? …………って、そんなわけないか…………。
「…………オチャニ……シマス……」
特に飲みたかった物もなかったので、とりあえずお茶を選ぶ。
ドリンクバーなんて久々に来たから、どうやるのかわかんないなぁ…………。確か、どこかのボタンを押せばいいんだよね…………。
曖昧な知識の中、私はお茶のボタンを押そうとした。すると…………。
「あ、」
私が押そうとしたボタンに彼の指があった。その指に私の指が触れてしまっていた。
「……ゴメン……ナサイ……」
私は咄嗟に彼と触れていた指を離してしまった。
キャアアアアアア! 何これ! どうゆうこと? 私何かした?
「……ごめん、赤瀬さん……なんか困ってたから……押してあげようと……」
あ、そうゆうことね…………。私はてっきり、「俺が先に注いでたのに何だよ?」みたいなこと言われると思ってた…………。
「………………」
「………………」
「……戻ろっか……」
「…………ハイ」
しばらくの沈黙の後、何とか各自飲み物を注ぎ終え、席に戻った。
事故で触れてしまったとはいえ、恥ずかしい…………。
「お待たせしました〜。ハンバーグセットになります!」
店員が私たちの席に来て、二人分の料理を運んできた。
「いただきます」
「イ……イタダキ……マス……」
ナイフでハンバーグを切ると、中から溶けたチーズが出てきた。それを見ると、少しばかりよだれが出た気がした。
「フぅ…………」
一口サイズに切ったハンバーグを口に運ぶと、口の中がチーズの香ばしい匂いで広がった。その香ばしい匂いを残したまま、ライスを口に入れると、これまたハンバーグの味とお米の味がマッチしてとても美味しい……………………って、こんな食レポいらないよね。何してんだろ、私……………………。
「赤瀬さん、おいしそうに食べるね」
見られてる…………!? しかも私がおいしそうに食べる? そんな顔してた!?
俊介くんにそう言われ、私は頬を赤らめて少し彼との視線を下げた。
こんな最高な時間…………堪能しちゃっていいんですか…………? 神様…………。
「おいしかったね」
「…………ハイ……」
俊介くんに見られながらハンバーグを食べ終えた私は、ゆっくりとフォークを置き、視線を落とした。
さっきまでは俊介くんの顔、ちゃんと見れてたのに…………今は恥ずかしくて見れないよぉ…………。
「さてと…………」
俊介くんがそういうと、カバンから何か取り出そうとしていた。
これから何するんだろう…………まさか…………。
『あ、これ、さっきまでのレンタル彼氏代。5000円になります』
なんてことになるのかな……? 私、レンタルした覚えないけど…………。
そう思っていると、彼がカバンから取り出したのは、筆記用具とノートだった。
「エ……?」
「え? どうしたの? 勉強、教えてあげるって言ったじゃん」
え…………あー、そんなこと言ってた気がする…………。
『明日、教えてあげるね!』
今日ってやっぱり…………デートなんかじゃない!? いやいや、昨日電話で佐山さんは言ってた…………。
『“勉強を教える”って名目で男女で出掛けるのは、もう“デート”だね!』
って言ってたのに…………それに、さっき一緒に映画見てきたし…………。でも、今はファミレスでノート広げてて…………てことは勉強会…………? ん? そもそも…………“デート”って何……? もう、何が何だかわからないや…………。
「エ……ア……ハイ……」
私も一応持ってきていたノートを取り出した。
「これがこうなるから……こうして……」
「ア……トケマシタ……」
私はどの教科も赤点ギリギリだが、特にまずいのが数学。それを今、私の好きな人……俊介くんに教えてもらい、解くことができた…………。これは幻ですか? それとも夢ですか? って、どっちも似たようなもんか…………。
「できたじゃん! よかったね」
そう言って彼は私の頭に手を置いた。
「エ……?」
「あッ……ごめん……」
私が少し驚いた声を出すと、彼はすぐに手を離した。
さっきから、俊介くんの行動がよくわからない。私と同じドリンクバーのボタンを押したり、さっきみたいに私の頭に手を置くし…………。
「じゃ、じゃあ……次、教えるね……」
「エ……ア……オネガイシマス……」
俊介くんは少し頬を赤くして言った。
…………そんなに私…………変なのかな…………?
「ねぇねぇママ見て————ッ」
飲み物も持ってお母さんのいる方へ走っていた少女が、私たちの座っている席の横で転んだ。
「だ……大丈夫……?」
私は咄嗟にその少女に話しかけた。少女は転んだからか、涙目になって私を見た。
「あ……服……」
目の前の少女が、私のスカートの裾が濡れてしまっていることに気づき、転んでいたが自分で立ち上がった。
「ご……ごめんなさい……」
少女は自分の可愛らしいスカートを力強く握り締めて言った。
走っていたのは危ないし、いけないことだけれど、この少女の純粋さを見ると怒れるはずもない。
「……大丈夫だよ……でも、危ないから走っちゃだめだよ?」
私が優しくそう言うと、少女は元気に返事をして、お母さんの元へ帰った。
「赤瀬さん……服……大丈夫?」
少女が去った後、俊介くんが私を心配そうに言った。それもそうだ、ちょっとだけしか濡れてはいないが、白いスカートだったため、一度色が付くとなかなか落ちない。
今着てる服…………佐山さんとショッピングした時に買った服だったのに…………。
「新しいの買いに行こうよ!」
「エ……デモ……オカネガ……」
「大丈夫! 俺が出すよ」
「エ……」
「ほら! 行こう!」
彼は私の返事も聞かず、私の手を引いてファミレスを後にした。
「赤瀬さん、こんなのとかどう?」
「イ……イイデスネ……」
ゆ……夢ですか…………? 今、私の服を俊介くんが決めてくれてる…………。
ファミレスで昼食兼勉強会を終えた私たちは、濡れた服を変えるため、服屋に来ていた。
「これとかもどう?」
佐山さんみたく、ちゃんとおしゃれなのを選んでくれてる…………。こういう時ってなんて言うんだっけ…………えっと…………。
「シュンスケクンガエランデクレルナラ…………ドレデモ……イイデス……」
「え?」
「エ……?」
ってちょっと! 私何言ってんの? こんなこと言うなんて、まるで私が俊介くんのこと好きみたいじゃんか! …………まぁ…………好きなんですけど…………。え……? こんなセリフいらない? べっ別にいいじゃんか! 一回言ってみたかったの! …………言ってみたかったというか…………思ってみたかった何ですけど…………。
「じゃあこれにしよう!」
そう言って俊介くんは私に佐山さんが選んでくれた短めのスカートとは対照の足がほとんど隠れるくらいの長さで、さらに上に着ている白のパーカーとも合う紺色のスカートを見せた。
「そのまま履くだろうから試着しなよ」
「エ……ア……ハイ……」
私は彼に言われるがままに試着室に入った。
これ…………めっちゃ可愛い!
試着室で彼の選んだスカートを履き、鏡を見る。実際、自分でもこんなに似合うなんて思ってもいなかった。
「履けた〜?」
あ、そうだ……俊介くんに見せてあげないと…………。
外から彼の声が聞こえ、私は咄嗟に試着室のカーテンを開けた。
「おぉ! やっぱり似合ってるね!」
「ア……アリガトウ……ゴザイマス……」
こうして面と向かって言われると、恥ずかしい…………。しかも好きな人に言われると余計に…………。
「これでいい?」
私が気に入った様子でスカートを見ていると、彼は言った。
「……ハイ……」
正直、彼からのプレゼントだと思えば、どれを選んでくれても着ていただろう………………訂正、どれを選んでくれても(ちゃんと健全な物)着ていただろう…………。
「ア……アリガトウゴザイマス……」
「全然いいよ」
服を買い終え、服屋を後にした私たちは街中を歩いていた。
「今日は赤瀬さんと一緒に過ごして楽しかったからそれのお礼と思って受け取って」
「…………ハイ……」
私と過ごして…………楽しかった…………? それって…………私のこと………………。
「あ! 俊介じゃん! 久しぶり〜」
私たちの前から女性の声が聞こえてきた。
「半年……? ぶりかな?」
彼女は私たちに近づくとそう言って首を傾げた。
何この人…………綺麗な人…………モデルか何かかな…………? 俊介くんのこと、“俊介”って呼んでたけど…………どういった関係…………?
「……“玲奈”」
え…………今、俊介くん……彼女のこと、下の名前で呼ばなかった…………?
疑問に思った私は彼を横目で見ると、彼は顔を少し下にしてなぜだか険しい表情をしていた。
え…………まさか…………この人…………。
楽しかったはずの時間は突然終わった………………………………。