第三話② ようやく求人っぽい話が出ます
「人が多すぎませんか?」
次の配送先へ向かう途中、しのぶがサブローに尋ねた。
「なんか冒険者みたいな人が多いですし、言葉が悪いんですけど、働いてない人が多すぎる気がするんですよね。観光とか休みってわけでもなさそうですし」
「あー、今それで困ってるんだよー」
「どういうことですか?」
「先月、王女様が──ああ、王女様は代々預言を受け取れるんだけど──魔王出現の預言を受けちゃったんだよねー。前の魔王は百年前に倒したらしいんだけど、なんか近いうちに復活しちゃうみたいでー」
「え、それって一大事じゃないですか」
「そーそー。でもいつ襲ってくるかわからないから、実感がないんだけどねー。それに百年前に比べて魔法の技術が上がったからさー。倒せるって思う人が多くて、悲観してる人は結構少ないんだよねー」
「まあ、街の様子を見てれば、魔王に怯える人なんていなさそうですよね」
「むしろ魔王を倒して褒美をもらうチャンスだって思う人が多くってー。勇者募集に応募できるように、地方から人が集まってるんだよー」
「じゃあこの賑わいはいつも通りじゃなくて、魔王バブルにわいてるってことですか?」
「バブルにわくってのがよくわかんないけど、いつもの倍以上の人がいるねー」
「へえ! じゃあ食料ニーズが増えるから、ウマミ牧場も儲かりますね」
「そう上手くはいかないかなー」
「なんでです?」
「まー次の配送先に行ったらわかるよー」
次は最後の配送先で、街の中心部にある宿屋「レストハウスくつろぎ」だった。
一階は食堂になっていて、二階と三階が冒険者用の宿泊施設になっている。サブロー曰く「歴史がある中規模レベルの宿屋で、アットホームな雰囲気と美味しい食事がウリ」とのことだ。
ここではしのぶも手伝って、裏口から食料を運んだ。
「こんにちはー、ウマミ牧場ですー」
サブローが挨拶すると、調理人たちが挨拶を返した。
裏口は台所に直結しており、調理人二名が忙しなく働いている。十三時を過ぎていたが、まだ混んでいるのだろう。食堂からは、人々の笑う声が大音量で聞こえてきた。
裏口から入ってすぐの場所に食料を置く棚がある。しのぶはサブローの指示に従って、棚に食料を運んだ。塊の肉がドンドン運ばれて、その消費量にちょっと引くほどである。
働いていると、食堂側の入り口から、サブローと同年代の女子が入ってきた。
スイスの伝統衣装に似た、胸元が空いたメイド服を着ている。豊満な体つきで、同性ながらつい胸元を見てしまう。笑顔とソバカスがチャーミングな、まさに「看板娘」といった印象だった。
「はい、サブロー!」
「マリノ、お疲れ」
「今日もありがと……あら、その人はサブローの彼女?」
「違うよー。うちのお客さん」
「へー! サブローもすみに置けないわね!」
「はははー」
マリノと呼ばれた女性は、明るくてサッパリした人だった。しのぶは「恋愛が好きな陽キャ」だと思った。
軽薄そうに見えつつも、マリノはしゃべりながら仕事をしていた。壁に掛かったリストと納品された食料品を確認する。彼女が優秀なのか、チェックはすぐに終わった。
そしてサブローを見て、マリノはこう言った。
「いつもありがとうね。でも次はこの倍は持ってきてほしいんだけど」
「これ以上は無理だよー」
「卵だけでもいけない?」
「卵はうちで食べる分しか作ってないからねー」
「余分に産んだら真っ先に教えてよ。一個二個でもうちは大歓迎だから」
二人のやりとりを聞いて、しのぶは思った。
食料が足りないのだ。
首都フリエフの人口は増えたものの、生産量は変わらない。需要だけが増えたので、どこも食料を欲しているのだ。飲食業からしたら、消費者が増えるのは絶好の稼ぎ時である。しかし食料を増やせないため、思うように利益が出せない。そのジレンマが、生産者であるサブローにきていたのだ。
「それより募集きたー?」
サブローが尋ねると、マリノはわざとらしく肩をすくめてみせた。
「残念ながら」
「そっかー」
「まあ次の配送までに奇跡が起きることを願っておくわ」
じゃあねと言うと、マリノは食堂に戻ってしまった。
「なんだかパワフルな人ですね」
「うちの古くからのお得意さんで、マリノは幼馴染で同級生なんだー」
「そうなんですね」
「さてさてー。ちょっと寄り道させてねー」
サブローはマリノと同じ道を通り、食堂に抜けた。しのぶも後を追う。
やってきたのは、食堂の掲示板前だった。それなりに大きいが、あまり掲示物はない。剥ぎそびれた紙片がコルクボードの所々を彩っていた。
そんな中、しっかりと貼られた紙が一枚。それにはこう書かれていた。
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牧場で働く人募集。
詳しくはフロントまで。
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たったこれだけ。
幸いにも、この世界ではなぜか日本語が通用する。だからしのぶもすんなり読めたのだが、何度読んでもしのぶは理解できなかった。
「これだけですか!」
しのぶは叫んだ。
サブローはきょとんとしている。
「これだけって、何がー?」
「いや、これだけしかわかってない求人に、応募する人なんていないでしょう。もっと待遇とか魅力とか書かないとダメじゃないですか」
普段から求人広告を作るしのぶから見て、このチラシは有り得ない出来だった。紙だから書ける情報に限りがあるとしても、給料額も仕事内容もわからない求人は不安しかないと思ったのだ。
そんな細かい点を指摘しても、サブローはちっとも意味がわからないようだった。