第二章① 牧場の朝は早い。そしてツライ。(頭脳労働者の一意見)
【修正のお知らせ】
諸般の事情により、この回より一部内容を修正しています。
ご迷惑をおかけしますが、何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします。
■修正点
しのぶを敬語キャラに変更
■理由
この先、敬語を喋る機会が多いため。性格的には変更ありません。
■備考
これより前の話については、適宜修正を行います。
また設定に大きな変更はないですが、全面的なブラッシュアップを行う予定です。
なんと心地よい眠りだろうか。どこか干し草の匂いがして、心の疲れがほぐれていくようだ。
このまま眠っていたい。
なんて思う間もなく、一番鶏が鳴いた。
けたたましい声に、しのぶは思わず飛び起きた。慌ててカーテンをめくると、外はまだ薄暗い。そして昨日見た夜景の主の正体を知った。
町だ。薄ぼんやりとした朝日を浴びて、巨大で不思議な町がそびえている。
平坦な町が宙に浮いていて、まるで階段のように連なっている。上ほど町は小さくなっていて、見た限り四段が浮いている。
それらの町を繋ぐように、上から下にかけて滝が流れている。その水しぶきが朝日に照らされて、宝石をバラまいたようにギラギラと輝いていた。
不謹慎な言い方をすれば、空飛ぶパンケーキ。いや、四段重ねのウエディングケーキといった方がいいかもしれない。
しかし、しのぶがそう思ったのは街に向かっている時で、起き抜けの頭の中にはただ疑問しなかった。
「何ですかアレ……」
しのぶは思わず後ずさりした。なぜ今までこの景色に気づかなかったのだろう。しのぶは考えた。
思えば森の中では木々が生い茂って空が見えず、森を出てからは背を向けて歩いていた。だから昨日は気づかなくて当然だったのだ。
起き抜けに色んなことがあって、すっかり疲れたしのぶは、ひとまずもう一度眠ることにした。
そうしたら目が覚めた頃には元の家に戻っているかもしれない。おかしな話だが、現実世界に逃避しようとしたのだ。
「おはよー」
ベッドに横たわる前に、サブローがドアを開けた。早朝だというのに、昨日寝る前と同じくらい元気ではつらつとしていた。
「ちょっと! せめてノックしてください」
「あー、ごめんごめんー。うちではそういうのしないからさー」
「ていうか何ですか、こんな朝早くに」
「今日から仕事手伝うんだろー。迎えにきたんだー」
「え、早くないですか?」
「いつもこれくらいだよー。さ、早く着替えてー」
サブローはクローゼットを開け、作業用のズボンとシャツを押し付けてくる。
「ちょっと、着替えるから外に出てください!」
「あー、ごめんごめんー」
サブローが退室すると、部屋にはまた朝の静寂に包まれた。しのぶは一つため息をつくと、渋々着替え始めた。
「もう朝からお腹いっぱいです! 頭がパンクしそう!」
一連の騒動ですっかり目が覚めている。今から二度寝するのも難しいだろう。しのぶは寝ぼけてまだ上手く動かない手を動かし、なんとか着替えた。
部屋を出ると、サブローが待ち構えていた。
「さー、行こー。朝はやることがたくさんだよー」
何をやるのかわからないまま、しのぶはサブローに引っ張られて外に出た。牛舎にやってくると、ムワッとした熱気と臭いに襲われた。
「うっ」
臭い。動物特有の獣臭だけでなく、糞尿や飼料などの雑多な臭いが混ざり、さらに熱したことで何とも言えない不快な臭いになっている。
牧場に来てからも臭いは感じていたが、外からなのでなんとか耐えられた。しかし一晩籠った臭いは、今まで動物を飼ったことがないしのぶにとって耐えがたい悪臭だった。
「オイラは餌やりをするから、しのぶは掃除をよろしくなー」
「待ってください。掃除ってどうするんですか?」
「あー。この棒でこうやってだなー」
サブローは先端がT字になっている柄が長い棒を掴むと、すいすいと掃除を始めた。
それを数回見せられたが、しのるはあっけにとられるばかりだった。
「じゃーやってみてー。困ったら呼んでくれよー」
サブローから棒を渡されたが、しのぶはしばらくポカンとして動けなかった。
「え、今のを私がやるんですか?」
そう声に出して尋ねても、返ってくるのは牛の低い鳴き声だけ。虚しくなったしのぶは、とにかくサブローの真似をして掃除を始めた。
しのぶの仕事は、要は糞尿集めである。牛たちの背後で作業するため、時折急に糞を落としたり滝のような尿が飛んでくることがある。かなり注意していたが不意に対応できず、何度か被ってしまった。
「きゃー!」
そのたびに短い悲鳴をあげていると、サブローの笑う声が返ってきた。そのたびに殺意を覚えた。
ようやく半分かといった頃、サブローが同じ棒を片手にしのぶのもとへやってきた。
「おー、はじめてにしては上々だなー」
「え、もう終わったんですか?」
「朝は時間との勝負だからなー。オイラはあっちからやるから、頑張れよー」
サブローはしのぶとは反対側に行くと、さっさと掃除を始めた。最初に見せられた時よりもスピードが速い。さっきは実演のためゆっくりとやってくれたのだろう。
スイスイと片付けていく姿は、まさに職人だとしのぶは思った。
きっと自分なんかに使う時間も惜しいほどに朝は忙しいのだろう。のんびりしてはいけないと思い、しのぶは気合を入れ直して作業に取り組んだ。