第1次 律華の初めての依頼
第1次 律華の初めての依頼
人という生物は、誰も彼も何かしらの罪を抱えている。それがどんな大きさであったとしても。どんなものであったとしても。しかし、裁かれるものは、ルールを大きく逸脱した、「悪」と断定されたもののみで、小さな罪は取りこぼされることが多い。そもそも罪の認識が出来ないからだ。
そんな人間の小さな罪を、見逃さない名探偵が、ここにいた。──そう。私である。
客のいない、ぽつんとした探偵事務所で1人、にやにやとこの世界を解き明かしていた。ちょっと誇らしい。
とある日本の、小さな町、訪梨津町。私が住んでいる三丁目は、おしゃれなアパレルショップや喫茶店、イルミネーションスポットなど、学生さんが多いイメージがある。もちろん、カップルもかなり多い。爆発すればいいのに。そんな賑やかすぎず、丁度良い町の中に、一つだけぽつんと立っている事務所。小さな箱から鳩が飛び出ているマークが特徴の、小さなお店。これだけ聞くと、なんだかマジックの専門店みたい。
その事務所の──ボス。それが私。まあ事務所には1人しかいないんだけどね。名前は、沙羽木 律華。今年で24歳になりたての、まだまだピチピチギャルなのだ!探偵ということで、シャーロック・ホームズのコスプレをインターネットで購入し、気取りたい時によく着ている。本作を見たことがないので、すごい名探偵って位しか分からないけど。
突然、扉がぎぃっ、と開く。
「おい…何にやにやしてんだ?24歳にもなってよ…」
渋い声のおじ様が現れた。この人は、樋川 清次郎。私が15歳の時、とある事件で知り合い、その時から面倒を見てくれている、すっごい頼れる警部。「事件解決の裏側にはこの警部!」って言われる程の凄腕らしい。そして、私の探偵業を務める上での、師匠?ってことにもなる。多分。
「ちょっと考え事をしてただけだよ。お客さんも来ないしさー、頭使わないとカチカチになっちゃうじゃーん?」
「今のはどう見ても頭使ってる顔じゃ無かったぞ。おおかた私は特別な力を持っているんだー!とか、世界を救うヒーローだぞ!みたいなこと考えてたんだろ。まあ、前者は間違いないんだけどな。」
そう、清次郎さんの言う通り、私は他の人にはない特別な能力を持っている。言葉だと表しづらいんだけど、「人の罪のレベルを可視化する」ことが出来るのだ。法律上で決まっている罪を犯したものは、その罪の重さによってレベルが決まる。例にあげるとすると、コンビニでお菓子を盗んだなら10、人を殺してしまったら100。罪が重ければ重いほど高くなっていく。
そして、ここからが面白くも面倒なポイント。それは、「人の罪の意識によってレベルは変動する」ことだ。軽い罪でも自責の念に駆られればレベルは高くなり、逆にサイコパスと区分されるような人が抱える罪のレベルは、その人が悪いと思っていない分だけ低く見える。現実、誤審で何も悪くない人が間違った罰を受けたり、悪い人が罪にならなかったり、人間の歴史の中でも、現代にもそういう話は存在する。正しい罪の重さを認識させて、正しい罰を与えてもらうようにする。それが私の「使命」だと、勝手に思い込んでいる。
「…おっと、今度は真剣な顔になっちまった。やっぱ気にしてるのか、まだ。もしそうだったらすまん。」
「気にしなくて大丈夫だよ。清次郎さんには、この能力がいかに凄いかって、理解してもらえてるって思ってるもん!それに、まだお仕事中でしょ?何でこの事務所にいるのさー?」
「仕事でたまたま近くを通ったから、仕事出来てんのかって監視にきてやったんだよ。この様子じゃ、家賃はまた俺持ちだろうな。ガハハ、これじゃ借金貯まってく一方だなあ」
ゔっ、痛いところをつかれてしまった。…そう、この事務所を開業してからもう半年になるものの、1人もお客さんは来ない…。私自身無名というのもあるが、一丁目にそびえ立つリープタワーの5階にある、「ナナホシ法律探偵事務所」という、ソレハソレハスバラシーイ事務所があるのだ。この町の悩みは、基本的に全部そっちに行ってしまうという訳だ。とほほ…。ちなみに、リープ(LEAP)は飛躍する、という意味らしい。これ以上飛躍してどうするのだ。ナナホシとやら。
「お前さんは本当に表示豊かだな…。法律に強いアイドルにでもなってみるか?見た目は良いから売れるかもな。お、そろそろ戻るとするか。じゃあ、まあ、頑張れよ。」
見た目は良いという部分だけ聞き取って、清次郎さんを見送った。扉を閉めて、掃除でもしますか。と掃除機を手に取ったその時、閉めたはずの扉がぎぎっと、開いた。
「清次郎さん、忘れ物ー?もー、警部さんが忘れ物しちゃったら駄目じゃないのー!なーんてねっ☆」
「あの…ここ、探偵事務所…なんですよね?相談に乗って頂きたいのですが…?お忙しい感じ、ですか?」
びっくりして飛び上がってしまった。掃除機が倒れた。
「すすす、すみませんでした!ちょ、ちょっと勘違いをば!あ、あっと!こちらにおかけ下さい!すぐ!お茶のご用意しますねっ!」
多分お客さんからみた私はシャーロック・ホームズの服を着た、慌てふためくトマトのような生物だっただろう。すごく恥ずかしかったが、お茶をいれながら気持ちを落ち着かせる。
「先程は取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。こちら、粗茶になります。それで、よいしょ。ご相談…と、いうのは、いかがなものか。お聞かせ願えますか?」
お客さんを少し観察してみる。髪は茶色みがかかった黒で
ロングヘア。サラサラしていて美しい。顔も美人さんだ。服装は制服、校章からするに、高校生と考えられる。
「白井君が、いや、あの、私の幼なじみが、学校でいじめにあっているんですけど、その、先生も取り合ってくれなくて、親も、相談室も、支えてあげて。としか、解答が貰えなくて。私は、その、幼なじみを助けてあげたい。こんな陰湿ないじめは、終わらせたい。どうか、力を貸して下さい…ううっ…」
「あなたの事情は、よく分かりました。いじめというのは、該当する罪が多くても、公になりにくく、決定的な証拠がなければ、正しく裁かれることはありません。それは、ルールの中で生きている我々にとって、あってはならないことだと、私も思います。だから、私に出来ることは可能な限り、させて頂きます!…まず、ご依頼人となる、あなたのお名前を伺ってもよろしいですか?」
ハンカチを渡して涙を拭いてもらって、お茶を飲んで、一呼吸ついてから、話を続けた。
「私は、訪梨津高校の2年、黒瀬 答子といいます。幼なじみの名前は、白井 解斗。同じ2年生です。1年の時は同じクラスで、特に何も無かったのに。2年になってクラスが別れてから、急に始まって。それで…相談とかもしたんですけど…解決出来なくて…ボロボロの解斗は見たくない…」
「なるほど。黒瀬さん、顔をあげて下さい。これから、私はあなたに2つ程お聞きします。探偵として、何をするべきか。この方向性を、あなたに決めて貰う必要があります。」
少しこわがらせてしまったようだ。でも、その目に疑いの文字は見えなかった。信頼してくれている。すごく嬉しいことだと思う。この信頼は絶対に裏切ることは出来ない。
「1つ。この事件を解決し、あなたと被害者、そして加害者の中に留めて、今後一切の暴力行為を禁止する誓約を結ばせるために依頼をする。」
「2つ。この事件を解決し、学校全体の問題として扱い、公の場に晒して、加害者を法の下、正しい罰を受けさせるために依頼する。」
「このどちらかを選ぶかは、あなたの自由です。ただし、私に出来ることは、あくまで事件を解決するために動くことのみ。いじめを止め、被害者を助けるためには、最終的に依頼人であるあなたが、必要不可欠です。…でも、その辺りは大丈夫そうですね。私もあなたを信じてますし。」
「私は、いじめを止めるって、どこまでやれば正解かって、分かんないけど、終わらせるためには、多分、大人の力が必要なんだと思う。本当は、解斗が嫌になった分だけ、いじめた奴らにはそれなりの罰が与えられて欲しい。そんなこと…思っちゃ駄目なのかな。探偵さん。」
(名)を入れて欲しかったが…今は、そんなことはどうでもいい。ただひと言だけ。
「その気持ちは、決して間違ってはいませんよ。でも、間違った方向に、解釈を歪めてはいけません。…それじゃ、始めましょうか!この事件を、解決していくために!」
そういって、黒瀬さんの住所、電話番号、白井くんの住所、学校の住所を教えてもらった。ついでに学校のホームページのアクセス先も。今日出来ることは、基本的な情報集めくらいだ。外もすっかり夕方を越えていて、晩ごはん前くらいになっていた。あんまり遅くなってご家族にご迷惑をおかけしてもあれなので、家まで送っていくことにした。歩いて15分位かかるのだが、沢山話しながら歩いていたのですぐに着いてしまった。
黒瀬さんに家に入ってもらった後、事務所に戻る前に少し、白井くんの家をチラ見していこうとした。住所を見る限り、数軒横のようだ。道を曲がってすたすた歩いていると、ふらふらと黒い服の男の人が見えた。不審者か?冷静に観察してみる。男性にしてはやや小柄で、眼鏡をかけている。危ない人ではないと何となく判断がつき、少し近づくと、黒い服は制服だというのに気がついた。しかし、少し変だ。服の数箇所に靴底の跡がみえ、制服をきた青年の顔は少し腫れている。
「…!君!大丈夫!?その怪我、転んだとかじゃ、出来ないよね。ちょっと見せてもらってもいいかな。」
「な…!なんなんですか!あなたは!その…いててっ心配してくれるのは…嬉しいですけど…!大声!出しますよ!」
おっと、しくじってしまった。探偵にあるまじき行動。知らない人に急に話しかけられたら、そりゃ怖いか。
「あー、んと、ごめんね?えっと、君が転びそうだったから、ついつい」
言い訳になっていないぞ、律華。手を広げて横にぶんぶん振って、「怪しい人ではありません!」アピールを頑張った。頼む、伝わってくれ。白井君は理解のある子だと思っているぞ!
「…とっとりあえず、警察とかには通報したりしないのでっ、落ち着いてください。えっと、どう。どう。…?」
動物か何かなのか私は。こんなやり取りをしていたら緊迫感が薄れたので、少しだけ話させてもらうことにした。
「私は、黒瀬さんの、ちょっとした知り合い。今はあんまり気にしなくて大丈夫だよ。この先また会えるって、信じてるから。そして、1つだけ覚えていて欲しいことがあるんだ。黒瀬さんと、私は、どんなことがあっても君の味方だよ。」
感動したのか、呆気に取られたか、ぽかんとした顔で白井君はフリーズしてしまった。
「それじゃ、今日はもう遅いから帰るね。君も晩ごはんしっかり食べて、お風呂に浸かって、よく寝るんだぞー!ばいばい!」
歩き疲れた足で事務所に戻り、せっせか事務所を片付けて清次郎さんの家に帰ると、重たいげんこつを貰ってしまった。すごく痛かった。あ!たんこぶになってしまった。