遺品整理
私の母は、遺品整理の仕事をしている。仕事内容は、亡くなった方の遺品の整理と不要な物の破棄だ。と言っても、遺品のうち遺族に確認を取り、不要とされたものは破棄せずにリサイクルすることも多いため、いつの間にか我が家には買った覚えのない物や古くなった家具が入れ替わったりなどしていることが多くなった。正直あまり気持ちのいいものではないが、リサイクルショップで買った物だと思えば同じことかと自分に言い聞かせていた。だが……
「これ、すごくない!?」
ある日、リビングでくつろいでいると、仕事から帰ってきた母が持ってきたのはある缶だった。缶には昔のキャラクターの絵が描かれており、全体的に金色で、丁寧に保管されていたのか保存状態もよさそうだ。
「なにそれ?」
「昔流行ったアニメなんだけどね、数量限定で作られた缶なのよこれ! ネットで見たら10万以上で取引されてるみたい!」
「そんなの持って帰っていいの?」
「よくわからないから要らないって」
今日母が行っていたのは夫を亡くした妻の家の遺品整理だ。妻も高齢で一人で暮らすのは難しいとのことで、息子の家に行くことになり、家を引き払うことにしたそうだ。つまり、これは亡くなった夫の遺品という事になる。
「まぁいいって言うならいいんだろうけど。どうするの? 売るの?」
「そうしようと思うんだけど、実はこれ開けた跡があるんだよね」
「そういうのって開いてたらダメなんじゃないの?」
「うん。中身もこのキャラのグッズが詰まってるらしいから、それ込みで高額になってるみたいだし」
「中確認してみたらいいじゃん」
母はうなずき、机の上に缶を置く。缶は上蓋をひねることでペットボトルのように開く仕組みで、どうやら未開封かどうかは張られていたテープで判別できるようだ。確かにテープはもう剥がれている。
「じゃあ、いくよ」
母が缶の蓋を開けると……
「……紙?」
「グッズは……ないね」
「そっかぁ……まぁそうだよね」
母はがっくりと肩を落とす。
「損したわけじゃないんだし、いいじゃん」
「そうだけどさ……」
「で、なんなのこの紙」
私は紙を取り出し、開くと。
「………」
時間が止まったかのように、動けなくなる。書かれている文章から目が離せない。
「どうしたのよ、なんて書いてあったの?」
母が私から紙を取る。
「あ」
母も、紙に目を通した途端、同様に動かなくなる。
「……これ、やばくない?」
「………」
紙に書かれていた内容は。
『呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ……』
延々と呪われろと紙の一面に書かれており、狂気じみた内容に恐怖を覚える。
「………」
母は無言で紙を缶に戻し、缶を持って家を出る。きっとあの缶を捨てに行ったんだろう。一人残された私は今でもあの紙に書かれていた内容で少し手が震えていた。
「ただいまー」
すぐに母が帰ってくる。妙に明るい声で、いつの間にか買い物までしていた。先ほどの事はなかったことにしようとしているのだろうか。私も怖いので、話題には出さず……夜を迎えた。
「ん……?」
私は部屋でスマホをいじっていると……カタン、という音が押入れの奥からする。誰もいるはずがないので、何か物が落ちたのかと思い、押入れを開くと……
「い……嫌……!」
すぐに部屋を出て、母の元へ向かう。
「ねぇ、なんであの缶が押入れにあるのよ!」
「え?」
リビングで洗い物をしていた母が、ポカンとこちらを見る。
「缶って、なんのこと?」
「……は?」
何を言っているんだ。缶と言えばあれに決まっているだろう。
「母さんが職場から持って帰ってきたあの缶よ!」
「缶なんて持って帰ってないわよ? そもそも、今日は何も持って帰ってないし」
「持って帰って、一緒に見たじゃない!」
「ちょ、ちょっと何言ってるかわかんないんだけど」
「だからあの缶よ! 夕方持って帰って、一緒に中見て、母さんが外に持ってったんじゃない!」
「……それ、いつの話? 母さん、今日は帰ってから一度も外に出てないわよ?」
「え……?」
話がかみ合わない。だが、母が嘘を言っているようにも見えない。
「買い物して帰って、それから夕飯作ってたじゃない。外に出る暇なんてないわよ」
「……買い物して、帰った?」
「うん」
母の話が本当なら、あの時……缶を持ってきた母は、誰だったのだろうか。
「寝ぼけてたんじゃない?」
「……部屋の中に、缶がある。それ捨てて」
母に部屋までついてきてもらうが……押入れに、缶はなかった。
「やっぱり夢でも見てたのよ」
そう言って笑う母。見間違えるはずもない。でも、それなら缶を持ってきた母は……訳が分からず、その日は眠りにつこうとしたけど、なかなか眠れないでいた。自分の部屋なのに押入れが気になって落ち着かない。そこへ。
「……?」
キィ……と部屋の扉が開く。入ってきたのは、母だった。声をかけようと思ったが、母は項垂れ、両手もぶらんと垂れ下がっていて、どこかおかしい。起きていることが感づかれない様に息をひそめていると……
「!!」
思わず声を上げそうになるが、耐える。母は、私の机の上にあの缶を置いたのだ。そのまま出ていき、私はすぐに机の上の缶を確認する。やはり、あの缶だ。けど、母は知らないと言っていたのに。部屋を出ていきたかったけどあの状態の母と会いたくなく、電気を点けるのも怖かったので、朝まで部屋の隅で震えていた。永遠にも思える時間だったが、やがて明るくなると同時に、私は母の元へ行き。
「ねぇ、これ」
「おはよう。何、それ?」
缶を母に突きつけるも、昨日と同じく反応は薄い。
「とぼけないでよ! 昨日の夜、部屋に置いてったじゃん!」
「夜? 知らないわよ、缶なんて。また変な夢でも」
「もうやめてよ!」
私が本気で怖がっていることを察したのか、母は私の手を握り。
「ごめんね、本当にあなたが言っていることが分からない。缶なんて初めて見たし、母さんは怖がらせることなんて絶対にしてない」
そういって母は私を抱きしめる。納得なんてしてないけど、それで安心し、一気に眠気が来たので、リビングのソファで寝させてもらう。母は私の手を握って傍についていて……ああ、もしかしたら昨日のは夢だったのかと思い始めていたが。
「呪われろ」
私が眠りにつく直前。母の口から信じられない言葉が聞こえた。思わず目を見開き、母を見ると。
「どうしたの?」
いつもと変わらない母だ。でも、確かに聞いた。もう、何が本当なのかわからない。私は、母は、これからどうなるのだろう。あの缶を開けた瞬間、私達はもう終わってしまったのかもしれない。私の手を握る母の右手。そして、左手には……今もあの缶が握られている。
完