魔王の吾輩が大魔王討伐に向かうまでの顛末
風光明媚な景色、眼下に広がる湖、荒縄一本で吊るされた檻のなかにいて、目の前にいる役人の朗々と読み上げる口上が、ほとんど頭に入ってこない。
なんらかの容疑で一方的に断罪されているらしい。
「尋ねても良いか?」
「認める気になったか? ……しかし、少々遅かったな!!」
「吾輩は、魔女裁判にかけられておるのかな?」
たいまつを持って集まった村人たちの、血走っていた目に動揺の色が浮かんだ。うわっ、やめて、その『空気が読めない奴』みたいな視線。だって全然状況がわかんないし、柔軟に対応するタイプじゃないんだもん。あんまり権力に迎合する立場になったことがないんだから。
だって。
魔王って、権力者そのものじゃん?
勇者様御一行を、あと一歩というところまで追いつめたが、彼奴等だって無策で乗り込んで来たわけではなかった。唐突に時空を歪ませた極大魔法の波動が大広間を包み込み、『しまった!』と無効化しようとしたが、遅きに失していた。
間一髪、というタイミング。
傍に控えていたが特になんの加勢もしなかったゲヘヘ参謀が、「魔王様っ!」と叫んで行使した魔法は、『いざという時のために用意しておいた肉体』と、中身を入れ替えるものと記憶している。
……が。
適当に聞き流し「うむ」と答えたから、チンプンカンプンなんだけどー!
直後、この状況だった……
ゲヘヘよ、これは間一髪の続きではないのか?
「そうか、簡潔に説明せよ」
「なんだと! ……まぁ、良い。まずは湖に丸一日沈める。生きていれば魔女だ、死んでいたなら人間であったという証明になろう、埋葬する」
「そんな!」
「さすがに驚いたようだな?」
そんな……程度でいいのか。
配下の魔物には毒の沼に潜むものも多かった。全員に回って説明したら2か月はかかってたけど、魔力を使い果たした吾輩を真水に丸一日。ゲヘヘ参謀が突然休暇をくれたとでも思えばいいか。
「そんなー? そんな、そんな」
それより、かわいい声が飛び出したので驚いた。
「いまさら見苦しいぞ、魔女め!」
「魔女であれば、どうするのだ?」
ざ わ つ い た 。
そこの説明が抜けてると思ったのは、吾輩だけ?
もしかして、人間ではなく、魔王の感覚だった?
「魔女とわかれば簡単、火炙りの刑。うず高く積み上げた薪が燃え尽きるまで、地獄の業火で焼き尽くす! いかなる魔女も灰の1粒まで燃え尽きるだろう。もし生きておれば、魔女ではなかったという証明になるかもな? はーっはっは!」
「薪でっ……地獄の業火?!」
人間は薪を使って地獄の業火が再現できるのか。
地下深くまで掘りまくって、ヘトヘトになった。
あれもゲヘヘ参謀が、「溶岩そのものの魔物もスカウトすべき」とか言い出したんだっけ?
あっ!!
荒縄を切った、説明は終わり?
申し開きもなにも聞かないの?
なんとも乱暴な裁判形式だな。
ざっぱ ―― ん
あんまり人間のこと言えないか……コポポッ
湖底に至り1日後、薪は焼き尽くされ鎮火。
至れり尽くせりとは、まさにこのことかな?
見習ってくれ、ゲヘヘ。
楽しかったリフレッシュ休暇も終盤に差し掛かっているみたい。名残惜しいけど魔物の方々を蘇生したり回復したりしてまわらないと。結局、ゲヘヘ参謀はあの後どうなっちゃったんだろ?
……いなけりゃいないで、困るんだよなぁ。
吾輩が自ら予定を組まなくっちゃならない。
コン コン!
誰だ、来客? ……珍しいな。
「辺境の魔女、ってのはアンタかい?」
「違うわ!」
「そ……そうかい。こりゃあ失敬」
「魔女ではないと言っておろうが」
なんだ、この3人組は。
「聞いたとおりてす。辺境の魔女は、魔女と呼はれることを嫌かる」
「自分のことですから吾輩と言いました」
「アンタがさ、稀代の魔術師なんだろ?」
「吾輩は、魔女ではない」
「 「 「 ほ~ら、ね! 」 」 」
先頭、剣士らしき粗野な女は東洋風の刀剣を大小二本差し。その右は間延びした口調だが名家出身なのか優雅さのある女で、身の丈ほどもある長弓を携えている。左にいるカタコト言葉の短髪女は、退屈そうに油砥石でナイフを撫でている。
ま、どうでもいいけど。
「戯言をぬかすな」
「人違いてしたか」
「右を左に、行きましたから。ここに来ました」
「右を左てすか? きちんと聞いたんてすか?」
左右の男女が言い争いを始めている。
最初の女が「やれやれ」と嘆息して頭をボリボリ掻いた。
「こんなときリッカがいりゃーな。その穴埋めを頼みに来た相手に、人手不足を嘆いてみても、しゃーないけどさ」
「助っ人を頼みに来た、だと?」
あの魔女裁判から2か月。
魔女ではないと証明したのに、すっかり魔女呼ばわりの吾輩。
どこの店も食糧を売ってくれないので、そこらへんで調達しては空腹をしのいでいるけど、悪天候でも我慢して野草や動物をとってくるのが、とにかく面倒臭い、なんかもう限界だった。
「魔王を倒した勇者一行が、魔界参謀ゲヘヘに倒されちまって、お鉢が回ってきたわけだ。ただなぁ。1人辞めちまってさ、地元に引っ込んだばかりなんだよ」
「なんだと? ……あの、ゲヘヘが――」
コッチでは、『魔界参謀ゲヘヘ』なの?
ちょっとカッコイイ呼び名になってる!
みんな気さくに「ゲヘヘ」って呼び捨てにしてたのに。
「あー、いや。今は大魔王って名乗ってるんだったか?」
「しいていえはゲヘヘ大魔王てす」
「大魔王ゲヘヘと聞きましたから」
「 な ん だ と ?! 」
それを、自分で名乗ったの?
なにやってんだよ、ゲヘヘ。
ダサくなっちゃってるだろ。
「ゲヘヘの奴、心得違いをしおって!!」
無尽蔵の魔力が沸き上がってくるのを感じる。漏れ出た魔力が圧力の塊となって大気を震わせ、仮住まいの庭先で巻き上げた砂塵を押しやっていく。
これが魔王たる吾輩の真のちからだ!
ちから、なんだけど。
リフレッシュ休暇の効果かな?
全回復した気がする。
よ~し、これならば。
「……助力が必要、と言ったか?」
「なッ、あ、ああ、是非とも頼む」
「馬鹿め、それは吾輩の台詞だ!」
突き出した左手から、複雑怪奇な魔方陣が展開し広がる。
歯車模様を起点に20mほどの範囲が反時計回りに回転。
のどかな田園風景が、空間が、ぐにゃりと裂けた。
「ゲヘヘを倒す。付き従え、人間共!」
「 「 「 な、なんだぁ? うわ~あ! 」 」 」
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
「な、なして魔王様がここにいるんでがす?!」
「ふむ。随分と御挨拶だなゲヘヘ大魔王よ。我が城に吾輩がいるのは当然。なにか不都合があるのか?」
「んだから!なんぼ連絡しても繋がんなかったっぺ?」
どういうことだ?
ああ、なるほど。
ゲヘヘの背信行為とかじゃなくって、単純に――
「湖底は念話圏外だったようだな」
「めっけらんねと思ったらば、まんずまんず、いがったなや~。魔王の軍勢もさ、わがんねべや。なじょすっぺ」
「まずは倒された四天王の後任か」
「んだっちゃ、おらもそう思うべ」
「とりあえず3名はサプライズ人事で良かろう」
「 「 「 は?! 」 」 」
「魔王様、いぎなしすげぇ!」
人間って何を食べるんだろ?
ま、おいおい考えていくか。
ゲヘヘがどうにかするだろ。
「作戦会議だ、魔界参謀ゲヘヘ!!」
「わかりました。では皆さんも御一緒においでください」
「 「 「 会 議 ……あ、日本語、話せるんですか 」 」 」