第71話 校外実習Ⅰ
「では、野営陣を作ろうか」
フレデリク様が声を張った。
「女子は料理の準備。男子はテントだ。二張り、女性用と仮眠用を作るぞ」
ジュリアンが不思議そうに眉を上げる。
「仮眠用ですか?」
フレデリク様は少し微笑んで答えた。
「この校外実習は遠足じゃないんだぞ。大切なご令嬢達を守るのが私達の任務だよ……もちろん近くに先生方もいるから大きな危険は無いはずだが、寝ている間に襲われたら大変だろ?」
「「そうですよね。寝ずに頑張ります!」」
ジュリアン様とリュシアン様は声を揃えて返事をした。
フレデリク様はクスクスと笑って、柔らかな声で言った。
「交代で仮眠取ろうね」
高貴な身分の方なのに、伯爵家であろうが男爵家であろうが分け隔てなく、率先して指示や指導をしてくださる。
こういう人が国を担う宰相になるのだろうな……と私は感心して見つめていた。
和やかな雰囲気の中で雑談が広がる。
「フレデリク様って、ルーカス様やアベル様のご友人なんですよね?」
「本当? すごい……」
「次期宰相だろうから、将来は安心ですわね」
フレデリク様は苦笑して肩をすくめた。
「さぁどうかな。父上のようになれるかは、これからの頑張り次第だと思う。俺はみんなを守れる騎士になりたいだけだよ」
雑談を交わしながらも、その瞳は常に周囲を警戒していた。
「……なあ、ジュリアン」
フレデリク様が低く声を落とした。
「林の奥に……何か動いた気がしないか」
「俺も見ました。噂の野犬でしょうか」
「後で少し確認してくるか」
セリーヌ様は口元を押さえて、何やら考え込んでいるように見えた。
(フレデリク様と親しくなれれば……ルーカス様のおそばに近づけるのかもしれない)
ちょうどその時、隣で一生懸命食事の準備をしていたクラリスが石につまずき、鍋を落としそうになった。
中身がセリーヌ様にかかりそうになり
「危ない!」
私は咄嗟にクラリス様の鍋を一緒に抱え込んだ。
クラリス様は布で取っ手を持っていたが、私はスカートに巻いていたエプロンで支えたため、厚みがなく熱が手に伝わる。
それでも落とすわけにはいかない。
「熱っ……!」
「クロエ!」
異変に気づいたフレデリク様が慌てて駆け寄り、私と一緒に鍋をひょいと持ち上げた。
その時になってようやく、セリーヌ様が近くで鍋が揺れていることに気づき、
「きゃーっ!」
両手で頭を庇った。
「フレデリク様!」
私とクラリス様は驚いてフレデリク様を見上げる。
「大丈夫だよ。私は手袋をしているから……二人とも平気か?」
「大変申し訳ありません……私は大丈夫なのですが、クロエ様が……」
クラリスの顔から血の気が引いていく。
「手を見せてください……!」
今にも泣きそうな顔をしている。
「えっ」
フレデリク様は慌てて鍋を地面に置き、私の手の甲をそっと掴んだ。
「赤くなってる……すぐに冷やそう」
「ジュリアン、リュシアン、二人を頼む」
「はい、任せてください!」
セリーヌ様とクラリス様を二人に任せ、フレデリク様は私を連れて近くの川辺へ。冷たい水で手を冷やしてくださった。
「すみません……」
「クロエ、無茶しないで」
フレデリク様は少し悲しそうな顔をされる。
「でもクロエのおかげで、セリーヌ嬢にスープがかからずに済んだんだよね。ありがとう」
「いえ、私は少し熱かったですけどエプロン越しですし……あまり心配なさると、クラリス様が落ち込んでしまいますよ」
私はフレデリク様の顔を覗き込みながら答えた。
二人の視線が重なり……なんだか恥ずかしさが込み上げる。
「川の水のおかげでもう大丈夫です……戻りましょうか」
フレデリク様は少し残念そうに見えた。
「……そうだな」
そう言って立ち上がろうとした時――
「フレデリク様、クロエ様……先程はありがとうございました」
セリーヌ様が草を踏み分けて姿を現した。
「セリーヌ様? こんな所まで……」
フレデリク様が驚いたように眉を寄せる。
「でも……クロエ様が心配ですし……」
セリーヌ様は柔らかく微笑んだ。
純粋に心配してくれたのだろうか……私は一瞬そう思った。
「お二人はとても仲良いのですね。……お邪魔だったかしら?」
「そういう仲だと勘違いされても、クロエに迷惑がかかる。……セリーヌ嬢も、発言には気をつけてください」
フレデリク様の口調はやや冷たかった。
「そんなつもりでは……」
セリーヌ様は少し慌てた様子で首を振る。
その時、遠くからジュリアン様の声が響いた。
「フレデリク様ーっ!!!」
緊迫した声。緊張が走る
「フレデリク様!まずいです……アべル王子の班が野犬に襲われていると伝達が来ましたっ!」
「え……アべル様が?」
私の胸がどくんと脈打った――。




