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無知な令嬢に罪があるのなら真実を明らかにしましょう  作者: NALI


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第70話 校外研修の班割り



 昼下がりの中庭。掲示板の前には、生徒たちの輪が幾重にもできていた。


「ねえレオ様、『校外研修』って何をなさるの?」  

隣でイザベラ様が小首を傾げる。


 レオは紙面を覗き込みながら、落ち着いた声で答えた。 「山林で一晩過ごす実習ですよ。野営地づくり、食事の準備、夜の見張り……。女子は身の回りの仕事も分担する。将来は皆が王子妃や公爵夫人になるわけじゃないですから。侍女になる子もいるし、正室になる人でも、侍女の苦労を知る学びだって先生は言ってました」


「男子は?」

「護衛役。女子を守る騎士の基本ですね。夜は野犬や盗賊への備えもシミュレーションするらしいのですが……」


「……野犬」  


イザベラ様の長い睫毛が不安げに揺れる。レオは優しく微笑んで

「僕らは今回は不参加ですね。特別入学ですから。……心配でも見守るしかないですね」


 私は二人の会話を横耳で聞きながら、掲示板に貼られた紙へ目を移した。整然と並ぶ名前、男女三名ずつ。家柄で免除されることもない。学園は、こういうところだけは平等だ。


研修班割り(抜粋)


〈クロエの班〉 フレデリク・ロベール/ジュリアン・モレル/リュシアン・ベルティエ セリーヌ・ド・アルヴェール/クロエ・リシャール/クラリス・ヴァロワ


〈アベルの班〉 アベル・アストレア/クリストフ・ド・ヴァレンヌ/オリヴィエ・ドラン ミア・デュラン/アメリー・デュラン/カトリーヌ・ジラール


 掲示板の周囲は熱気に包まれていた。 10班ほどに別れた班構成

「やった! 彼と同じ班!」


「ええ、どうしよう、あの子と一緒なんて……」  


喜びや落胆が入り混じる声が、春の風のようにざわめきとなって流れていく。班の組み合わせひとつで、一週間が天国にも地獄にもなる――皆の表情がそれを物語っていた。


 セリーヌ・ド・アルヴェール。  名前を見た瞬間、胸の奥が小さく疼いた。


(彼女が一緒の班なのね……少し複雑だわ)


 わかっている。あの舞踏会でルーカス様が彼女を選んだのは、私が仮面を貸してしまったせい。王子様は「間違いだった」と口にしてくれたけれど、現実は違う。公の場で、彼女と踊った事実は消えない。噂もまた、簡単には消えないのだ。


 そのせいか、視線は自然と名前から目を逸らしてしまう。


「クロエ」  声に振り向くと、フレデリク様が人の波を縫って近づいてきた。


「同じ班だ。君となら心強いよ」 「こちらこそ。……よろしくお願いします」


 いつも通りの柔らかな笑み。緊張が少しほどける。  その横にセリーヌ様がいた。彼女は小さく会釈して目を伏せる。私は慌てて裾を摘み、お辞儀を返した。


「セリーヌ様。どうぞよろしくお願いいたします」


 セリーヌ様の横顔は静かだったけれど、その胸の内までは読み取れない。 (彼女にとって、私はどういう存在なんだろう……婚約候補のひとり。私がいる限り、きっと彼女の心は落ち着かない)


「は、はじめまして……クラリス・ヴァロワと申します」  遠慮がちに裾を摘まんだ少女が、私たちの前で小さく頭を下げた。

私と同じ班のもう1人のご令嬢……確かヴァロワ男爵のご令嬢。


 漆黒の髪が肩で揺れ、光の下ではふっと緑が差す。まるで深い森の奥にある泉のように、光を浴びて初めて色づく。頬は桜色に染まり、声音は風鈴みたいにかすか。


「クラリス様。ご一緒になれて嬉しいです」 「よ、よろしくお願いします……。わたし、不器用で。その……足を引っ張らないように頑張ります」


 儚げ。その一言で全部伝わるような子だった。思わず、守ってあげたくなる。


 フレデリク様は柔らかく頷き、セリーヌ様はほんの一瞬、複雑な目をしたように見えた。三人三様の思惑が、静かに交錯している。


「よし、男子の役割は僕がまとめるよ」  ジュリアン様がきびきびとメモを取り、リュシアン様は「任せろ」と胸を叩く。班の空気は、にぎやかさとぎこちなさの真ん中で揺れていた。


 掲示板の前は、少しずつ人が引き始めていた。


「クロエ様、班の顔ぶれは?」


「うん……大丈夫。みんな、真面目そう」


 私がそう答えると、イザベラ様は安堵の笑みを浮かべる。

「良かった。レオ様、わたしたちは今日は王都の家に戻るのですね……明日は……祈っています。皆様がご無事でありますように」

「うん。僕も……」


 レオが言いかけたとき、少し先で控えていたセリーヌの肩がぴくりと震えた。通りすがりの男子生徒が、興奮気味に友人へ囁くのが耳に入ったのだ。


「聞いたか? 林の方、野犬が出るらしい。先生達もかなり警戒してるって」 「まじか……夜はやべえな」


(今、林の中に――)


 セリーヌの胸に、舞踏会の記憶と共に奇妙な衝動が湧き上がる。  金色の光に包まれた広間、差し出された手、重たい仮面の感触。あの時、王子と共に踊った視線の痛さ。  唇がかすかに歪み、視線が私を掠めた。


 

✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


 ──そして、発表から一週間。驚くほど早く時間は過ぎ、いよいよ明日が研修の日となった。


 私は部屋で荷物を整理していた。着替えや道具を詰めても、胸の奥のざわつきは消えない。


「姉上」


 控えめなノックのあと、レオが顔を覗かせる。青い瞳は心配そうに揺れていた。


「本当に大丈夫なの? ……僕が行けないのが、すごく悔しい」 「平気よ、レオ」


「絶対に、一人にならないで。どんな時もだよ」


 幼いながらも必死に釘を刺す声に、胸が痛む。前世の記憶が一瞬、よぎる。牢獄の中、誰も助けてくれなかったあの孤独。けれど私は首を振り、笑みを作った。


「ええ、約束するわ」  私は微笑んで頷いたけれど、レオの不安は簡単に拭えそうになかった。


✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


 学園の門前には、早朝の冷たい空気と緊張感が漂っていた。馬車が並び、教師たちが点呼を取り、規律を守るようにと声を張り上げる。生徒たちは大きな荷を背に、班ごとに整列している。


 クロエ班は、クラリス様が小さな荷を抱えておろおろしていた。フレデリク様が

「大丈夫」

と声をかけ、リュシアン様が

「俺が持つよ」

と引き受けて笑いが生まれる。緊張と不安の中にも、小さな絆が芽生え始めていた。


 その一方で、アベル様の班。並木道を進む途中、クリストフ様が立ち止まり、林を指差した。 「殿下。獣の気配……複数。野犬でしょう。今すぐどうこうではありませんが、夜は近づきます」


「わかった」  アベル様は一歩前へ出て、風の匂いを確かめるように目を細めた。


 その後ろで、オリヴィエ様が小さく肩をすくめる。 「い、犬はちょっと……ぼ、僕、剣は不得意で……」


「これごときでうろたえるなよ」  アベル様の声は低く、よく通る。 「戦は望むものではないが、備えは義務だ。先生方も近くにいる。怯える暇があるなら、できることを考えろ」


「……は、はい!」  言葉に震えが少し収まる。


「さすが殿下……」  ミア様がうっとりと胸に手を当てた。恐怖は消えない。けれど守られているという事実が、彼女を甘く酔わせる。


(殿下の剣は本物。……大丈夫、私の側には殿下がいる……)






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