第65話 仮面舞踏会Ⅱ
私は胸がツキんと傷んだ
目の前でルーカス様がみんなの注目を浴びてダンスをしている……
音楽が盛り上がりを迎え、広間の中央で金髪の青年と栗色の髪色の令嬢……
「ルーカス様……よね……」
――ルーカス様。その相手は、さっきの侯爵家の令嬢……セリーヌ様。
二人の距離の近さに、胸の奥がざわつく。
「2人は知り合いだったの?」
私は2人から目が離せなかった……
「クロエ」
背後から名前を呼ばれ、振り返ると黒地に白の装飾を施した仮面のフレデリク様が立っていた。
「フレデリク様」
咄嗟に声をかけられ少し飛び跳ねるように驚いてしまった
「クロエどうしたの?」
彼の視線が中央の二人へと向かい、わずかに目を細める。
「……殿下の相手は、君じゃないんだな」
私が答える前に、フレデリク様は小さく息をつき、笑みを浮かべた。
「なら……次の曲、私に踊らせてくれる?」
迷いのない手の差し出し方に、心が一瞬揺れる。
その瞬間、中央から金色の視線がまっすぐ突き刺さった。
ルーカス様が、私とフレデリク様を捉えていることに気づかないまま――。
ふと、視界の端で不自然な影が動いた。
学生にしては大人びた雰囲気の男が、若い令嬢の腰を取りながら踊り、じりじりとルーカス様の背後へ近づいている。
その眼差しには舞踏の楽しさなど一片もなく、冷たい色が宿っていた。
私は差し伸べられていたフレデリク様の手を掴んでフレデリク様の耳元で
「あの男性変じゃないですか?」
フレデリク様は一瞬顔を赤らめた感じがしたけど、一瞬で鋭い目付きに変わった
フレデリク様の表情が固くなる。
近くにいたレオの元に駆け寄り
「レオ!クロエを頼む」
レオは急に緊迫した空気になにかあったと勘づいた
「どうしたんですか」
「ルーカス様が危ない」
レオはフレデリクの視線の先を確認した
「わかりました、しかしフレデリク様は姉上をお願いします」
すぐに獲物を逃さないような鋭い目付きでレオは迷わず一歩踏み出した。
フレデリク様が私のところに戻ってきて何も言わずに私の手を握った
「クロエ、私のそばを離れないで」
フレデリク様はずっとルーカス様を見ている
急に私も怖くなって来た……
でもフレデリク様の手の温かさに震えることはなかった
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「失礼。お嬢様、少しよろしいですか」
レオは怪しい男性とダンスを踊っていた令嬢に声をかけた
「え……あの?」
令嬢が戸惑うより早く、レオは男の手を自然に外し、令嬢の指先をさらりと取る。
優雅な動作に強引さはなく、観客からはただの舞踏の交代としか見えなかった。
「なっ……!」
男の顔がわずかに歪む。だがレオは目もくれず、令嬢を導いて踊り出す。
「先程の男性とはお知り合いですか?」
「い、いえ……誘われただけで」
「そうですか。では、この曲が終わるまで――私とお付き合いください」
その声には有無を言わせぬ力があり、令嬢は頬を染めながらレオのリードに従った。
だがそれはただの舞踏ではなく、背後で動く影を隠すための盾でもあった。
シドとマクシムはホールの中でルーカス様の護衛をしていた
クロエが異変に気づいたと同時に2人もルーカス様の近くに駆け寄る
怪しい男と令嬢がダンスしているところを2人で行先を遮ると同時にレオが令嬢に声をかけていた
レオが令嬢を男から引き離したあと、2人は男の確保に取り掛かった
「大人しくしろ」
シドが低く言い放つと、怪しい男の腕を流れるように払い、体を翻した。
マクシムもすかさず動き、相手の足元を狙って踏み込む。
「ぐっ……!」
男は舌打ちをして腕を振り上げるが、シドの掌が鋭く突き、動きを封じる。
舞踏の一部のように見えるその動作に、周囲の観客は誰一人気づかない。
「抵抗は無駄だ」
シドが囁き、マクシムが男の背を抑える。
やがて男は無理やり笑みを浮かべた。
「……チッ、学生風情が」
「学生でも、守るものがある」
シドの声音は鋼のように冷たかった。
レオの舞がその死角を完璧に覆い、怪しい男は音もなく取り押さえられた。
2人は男をホールの外へと連れ出す
曲が終わり、レオは令嬢の手を静かに離した。
「お嬢様、驚かせてすみません。この後も舞踏会を楽しんでください」
令嬢は仮面の奥の素顔こそ見えなかったが、その声と優しい微笑みに心を奪われていた。
「お名前を……お聞きしても?」
レオは右手を胸に当て、深くお辞儀をした。
「ここは仮面舞踏会です。名を名乗れませんがご縁があるなら、また学園で」
人差し指を唇に当て、軽やかに微笑むと、その背を翻して会場を後にする。
令嬢は顔を赤らめ、彼の背を見送った。
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会場の外、人気のない回廊。
捕らえられた男を前に、シドが脈を押さえ、レオがその瞳を覗き込む。
「なぜ二人を狙った?」
「……吐くわけがないだろ」男はニヤリと笑った。
「人は嘘をつけないんだよ」
レオは低く囁き、瞳を鋭く射抜いた。
「仮面の男性か?」
脈は動かない。
「仮面の女性か?」
脈が急に早まる。
シドが渋い顔をする。
「女性の方だな」
レオは無意識に名前を口にした
「セリーヌ・ド・アルヴェール……?」
男のまぶたがピクリと動く。
「アルヴェール家……?」
問いかけに、男は思わず口を滑らせた。
「リシャールの娘じゃないのか……?」
はっとした表情を浮かべ、それ以上何も言わなくなった。
マクシムとシドが驚いたようにレオを見る。
「狙われたのは……姉上?」
レオの顔色は青ざめ、冷たい夜気が一層濃く胸に沈み込んでいった。




