第63話 仮面に隠された真実
仮面舞踏会の前日。私の部屋に届いたのは、黒地に金の模様があしらわれた美しい仮面だった。
宛名は“クロエ・リシャール嬢”。送り主の名前はどこにも記されていない。ただ、封筒には“成績優秀者への贈り物”という、いかにも公式な印が押されていた。
(他の生徒にも配られているのかしら……?)
気になって、同じ階の生徒に何気なく聞いてみたが、誰も仮面のことなど知らない様子だった。
この仮面は、明らかに私だけに届けられた特別なもの——だとしたら、誰が、何のために?
仮面自体はとても上品で美しい。けれど、私が用意していた青と銀のドレスには、まったく合わない。
「どうしよう……こんなの、合わせようがない……」
悩んだ末、私は仮面を優先することにした。
その夜、私はレオに相談した。
「この仮面、ドレスに合わないのよ。どうしたらいいと思う?」
「だったら、仮面に合わせてドレスの色を変えればいいじゃない」
「簡単に言わないでよ……時間もないし……」
「姉上が困ってるときは、誰かが助けに来るもんさ」
からかうように笑うレオに、私は枕を投げつけそうになった。
レオは荷物をまとめて、そっと部屋を出ていった。
廊下に出たレオが歩いていると、ちょうど角を曲がってきた人物と鉢合わせた。
「おや、レオ」
「フレデリク様……!」
フレデリク・ロベール。イザベラの兄であり、侯爵家の嫡男。整った顔立ちと穏やかな口調に加え、最近はますます色気も増してきている。
「少しだけ、聞きたいことがあるんだけど……クロエのドレスって、何色か知ってる?」
「……もともとは青と銀だったんですけど、仮面が合わないから変更するかもって。まだ決まってません」
「なるほど。それなら——私に、プレゼントさせてくれないかな?」
「……えっ?」
「入学式の日、君とクロエがイザベラを助けてくれたって、イザベラから聞いたんだ。ありがとう」
彼は少しだけ視線を逸らして、頬を赤らめる。
「そのお礼にしたい。けど、ダメかな?」
レオは一瞬戸惑ったが、相手の真っ直ぐな瞳を見て、口元をゆるめる。
「……姉上に聞かないと……」
「いいんだ。イザベラからってことにしてくれないか」
そう言って、フレデリクは左手で髪をクシャっとかきあげて、照れ隠しをした。
(こんな姿のフレデリク様を見たら……
姉上がコロってフレデリク様に心奪われちゃうな……まぁそれでもいっか)
レオは心の中で、クロエが誰を選んだとしても、彼女が二度とあの悲劇に巻き込まれないのならと、それだけを願っていた。
一方その頃、女子寮では仮面舞踏会の準備が進んでいた。
イザベラは淡いローズピンクのドレスに身を包み、鏡の前で髪飾りを整えている。
そこに現れたのは、ミア・デュラン。
「イザベラ、明日のドレス……似合ってるわ。さすがロベール侯爵家の令嬢ね」
「ありがとう、ミア。……あなたの真っ赤なドレスもとても素敵よ」
ミアは自分の方が似合ってるでしょっと言いたい雰囲気を出している
イザベラはうまく笑い返せず、少しだけ視線を逸らした。
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夜、クロエの部屋には深い紺色のドレスが届けられた。
黒地に金模様の仮面と完璧に調和する、美しいドレスだった。
「イザベラ様には気を使わせちゃったわ。」
(レオから入学式の時イザベラ様が困っているところを2人で助けたからのお礼がドレスだなんて……
逆に申し訳ないわ)
(こんな素敵なドレス……私に似合うかな)
心のどこかで高鳴る気持ちを覚えながらも、クロエは胸元に手を当てる。
(でも……あの仮面、やっぱり気になる)
誰が、私にだけ……なのかな。
そんな疑問を抱いたまま、夜は静かに更けていく——
次の日、仮面舞踏会の幕が、静かに上がろうとしていた。




